大分県内の「久留島」の名字の詳細
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■ 久留島(くるしま): 大分県の久留島家 

# 大分県の久留島家: 森藩主伊予国野間郡来島(愛媛県今治市来島)をルーツとし、来島村上氏末裔明治維新後には子爵。 

・ 豊後森藩玖珠町)藩主。瀬戸内海の村上水軍三家の一つの来島村上氏末裔。通総は主家の河野氏と対立して、1582年には豊臣秀吉に転じた。以後、来島氏に改称、秀吉の四国攻めの後は伊予風早で1万4000石を領した。通総の子の長親は、関ヶ原の戦いの際に、当初西軍に属したため所領を没収されたが、正室の叔父の福島正則らの取りなしで、1601年に内陸の豊後森(玖珠町)1万4000石で再興した。1616年に通春の時に久留島家と改めた。明治時代には子爵。【出典】 

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