「土井」の名字の由来
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■ 土井(どい)

【2021/10/20: 改編】

# 297位【知っておきたい家紋と名字 別冊宝島】

# 代表家紋

# 茨城県の土井家: 下総国古河藩主三河国碧海郡土居村(愛知県岡崎市)をルーツとする。【出典

・ 古河藩主。清和源氏の土岐氏の支流というが、利昌が徳川家康に仕えた以前は不詳。利昌の子の利勝には徳川家康の御落胤説もある。利勝は徳川秀忠に仕えて、1602年に下総小見川藩1万石を立藩。その後、老中・大老を歴任して、1633年に下総古河16万石へ。四代利久の没後、嗣子がいなかったことから、兄の利益が継いだものの7万石に半減。以後、1681年に志摩鳥羽、1691年に肥前唐津を経て、1762年に利里が古河7万石に再入封。老中を務めて1822年に8万石に加増された。明治時代には子爵。【出典

# 福井県の土井家: 越前大野藩主。土井利勝の四男の利房が父の遺領を再度にわたって分知され、下野国足利郡内・常陸国内で2万石を領したのが祖。利房はその後、奏者番・若年寄・老中と昇進し、1666年に5000石、1667年に1万5000石を加増され、1681年に越前国大野藩4万石を立藩。七代目藩主の利忠は産業振興や洋学奨励だけではなく、樺太開拓を計画したことで知られる。明治時代には子爵。【出典

# 愛知県の土井家: 三河国刈谷藩主下総国古河藩主土井家の分家。三河国壁海郡土居村(愛知県岡崎市)をルーツとし、清和源氏土岐氏の支流という。明治維新後には子爵。【出典

・ 刈谷藩主。1644年に大老の土井利勝の三男の利長が父の遺領のうち、下野国足利郡内で1万石を分知されたのが祖。1658年にはさらに1万石を分知され、1663年に3000石を加増されて西尾藩を立藩。四代利信の1747年に刈谷に転封となった。明治時代には子爵。【出典

# 土井家

# 「ドイ」の語源

# 参考: 「土居

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