「船越」の地名
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  「船越」の名字
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■ 船越の意味【出典

・ 一般的には、「地峡部を曳船する」と解釈されているが、水に縁の無いところにある「フナコシ」をどう解釈するかという問題が残る。「フナコシ」は全国に分布するが、海岸にあるものよりは、内陸にあるものの方が多い。

 ”穎市の「舟越山」は、この山を小径が乗り越えているので、意味は「舟のような地形を越える山」と思われる。

◆〆汗な殤僂寮沼Δ糧湘腓琉貮瑤如△修涼篭部近くに「船越」の地名があるが、地形がけわしく現在でもトンネルで抜けているので船は通れない。したがって、この「フナコシ」は、地峡部を横から見た形が船に見えるのか、または「船の渡し場」のいずれかであろう。

 秋田県の八郎潟の入口にある「船越」地名は、砂州で入口がふさがっていたという記録も口碑もなく、いつも水道が開けていた。ここは「交通の渡し船によって船越の地名がうまれた」という。

ぁ\臑羯圓遼綿の涌谷町に近い「船越」地名は、明らかに地図上に渡船場の記号がある。少数例ではあるが、関東地方の「成田」や「幸手」、新潟県の「弥彦」と「新津」の五万分の一地図上の「フナコシ」の地名は、地図上で明らかに以下のことがわかる。「船越」の地名が旧河道にそって存在する場合と、今では他の集落と一列になって、彎曲して連なる自然堤防の上にある形から、昔はそこに河道があったとわかる場合があるが、この二つの場合はともに、そこに船越の地名があっても、すでに河の跡のみで渡船場はなくなっている。これらに比して、上述の八郎潟の「フナコシ」や、涌谷付近の「フナコシ」が、現在ははっきりした水道や川筋に存在することから、関東地方や越後では、もう忘れられようとしている「渡船」の意味の「船越」が、東北地方には生きた地名として存在していることになる。

ァ〇嵋爐痢崛ケ曄廚蓮△海梁爾任蓮崛ケ曄覆海涼亙ではフネコシ読み)」は、だいたい次のように行われてきた。普段は漁業用の船が表海に、農業用の小船が裏海にのみあった。真珠の仕事が忙しくなると、表海の大きな船を裏海(英虞湾)へ移し入れる必要がでてくる。その場合、現在の船越の町を横切る二筋の道路のどれかを通って船を曳いた。手漕ぎの1トンくらいの船であれば、5〜6人で持って歩いた。それよりも大きな船になると、コロに用いる横木(この地方ではスベリという)を船の下に差し入れながら動かした。今では、この地峡を横切るには約500mくらいだが、昔はもっと狭かったという。ただ、この集落は昔は「大津波(オオツバ)」といい、忌字をさけて「船越」と改めたという。

Α…杭蠍対馬の「船越」は、1672年にこの地峡が開削されるまでは、ここに「古里(フルサト)」と「古壱世(コロセ)」の二つの集落があったが、開削されたのちは「大船越」と呼ばれるようになった。 


■ 船越(ふなこし): 岩手県下閉伊郡山田町船越。船越半島と半島の突き出る陸地の部分に位置する。地名の由来は、古くは1つの島であり、船で越えたことからこの呼称が生じたといわれ、また半島の船越湾側と山田湾側とを結ぶ最も狭い低地を舟をかついで越したことからの呼称ともいわれている。【出典
※ おう、典型的な船越地名だ。

■ 船越(ふなこし): 宮城県石巻市雄勝町船越。船越浜ともいう。雄勝半島の北東部。追波(おつぱ)湾に面す。船越湾を擁し八景(やけ)島を含む。荒(あら)峠をはさんで船越と荒の集落がある。【出典

■ 船越(ふなこし): 宮城県大崎市鹿島台船越。舟越とも書いた。

■ 船越(ふなこし): 秋田県男鹿市船越。男鹿(おが)半島南東端、八郎潟と日本海を結ぶ水道の西部八郎潟沿いに位置する。地名の由来は、天王町側との間を船渡して越えたことからその名が生じたという。【出典

■ 船越(ふなこし): 南北朝時代に出羽国(山形県)にみられた地名。庄内地方、現在の山形県酒田市砂越(さごし)に比定する説もあるが未詳。【出典

■ 船越(ふなこし): 栃木県佐野市船越町。旗川(野上川)中流の渓畔に発達する段丘上に立地する。東西を山地に挟まれている。中世佐野氏の一族である船越六郎増綱が住んでいたと伝えられる。【出典

■ 船越(ふなこし): 千葉県香取郡多古町船越。地名由来は、かつて湖沼が多く交通に船を用いたことによるという。円山には室町期千葉胤貞の居館があったという。【出典

■ 船越(ふなこし): 神奈川県横須賀市船越町。三浦半島北東部に位置する。地名は、隣接する田浦村の小名船越に続く海面を埋め立てたことにちなむ。【出典
# 横須賀の地名では、船越は隣接する浦郷の小字名の「船越」をもらって地名にしたという。そして、「船を陸上に上げて峯越しする所」、または「対岸に船で渡す所」のいずれかの意味としています。「プッナイ・クシ」は、「川口を・通る」という意味がある。【出典

■ 船越(ふなこし): 新潟県新潟市西蒲区東・西船越。舟越とも書く。

■ 船越(ふなこし): 岐阜県山県市船越。

■ 船越(ふなこし): 三重県志摩市大王町船越。古くは大津波(おおつば)村と称したが、津波に字が通じ、事実しばしば津波に見舞われて流失家屋も多かったので、村名を改めたという。地名の由来は、南の海から北側の海に船を運んだことにちなむという。また、度会(わたらい)郡にも船越の地名があり、中世には度会郡の船越を南船越、当地を東船越と称している。【出典

■ 船越(ふなこし): 兵庫県佐用郡佐用町船越。伝承によれば、かつて当地と南の河崎の境の道に迫った断崖と、対岸の山の尾根が迫った所とは連なって自然の堤をつくり、その上は湖沼であった。大山咋命が堤を切り離し川として南流させ、湖沼は干拓されて人々の生活する場となり、船で往来していた頃の名残で船越と呼ばれるようになった。【出典

■ 船越(ふなこし): 鳥取県西伯郡伯耆町船越。地名の由来は船越氏にちなむという。【出典

■ 船越(ふなこし): 広島県広島市安芸区船越。古くは包浦(鼓浦)の一部で有ノ浦(蟻浦)と呼んだ。瀬野川河口右岸に位置する。南部はかつて海田湾に面する広大な干潟であったが、江戸期以降新田開発が進行した。地名の由来は、昔西に向かう航路があったことによる。西に隣接する仁保島には堀越の地名もある。【出典

■ 船越(ふなこし): 愛媛県南宇和郡愛南町船越。地名の由来は稜線越しに東西の浜に小船を陸送したためという。【出典

■ 船越(ふなこし): 福岡県糸島市志摩船越。糸島半島西部、可也山南西の陸繋島に位置する。地名は、往古、風の強い時に、陸繋砂州上を船を引いて越させたことによるという。
※ 「志摩」も「島」に由来するんでしょうねぇ。

■ 船越(ふなこし): 長崎県佐世保市船越町。南九十九島海域と佐世保湾との間にある細長い地峡。標高20m。かつては幅100mであったが、干拓や埋立てで幅300m程になっている。地名の由来は船を担いで越していった所にちなむ。2、3人の人が船から荷物を降ろし、船を担いで越したという。また強壮な人は伝馬船を1人で担いで越したともいう。佐世保湾口をまわる大迂回をよぎなくされた北西岸の相浦方面の人々が、同湾東方の早岐(はいき)茶市に行くために越したという。【出典

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