滝脇松平家
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■ 滝脇松平家(たきわきまつだいらけ): 松平家

# 瀧脇松平家【参考

# 瀧脇松平家は親忠の九男の乗清が三河国加茂郡瀧脇(愛知県豊田市滝脇町)に分地されたことに始まる。実際は大給松平家庶流という。四代乗次が慶長6年に瀧脇村周辺などを賜った600石を代々領した。

# 滝脇松平家(駿河国小島藩):  三河国滝脇をルーツとする。松平正勝が大坂夏の陣に青山忠俊の配下として出陣。討ち死にしたため、形原松平家から重信を迎えた。また、重信の甥の信孝が家督を継いで滝脇松平家の初代となった。信孝は元禄2年に若年寄となり、駿河国小島に陣屋を構えて大名となった。明治維新後、徳川宗家が駿河国に転じた際、上総国金ケ崎から上総国桜井に転じた。このときに、姓を松平から滝脇に改めた。後に子爵。【譜代大名126家「勝ち組」の出世競争 榎本秋 晋遊舎新書】

# 滝脇松平: 松平親忠の九男の乗清が三河国加茂郡滝脇(愛知県豊田市)に住んだのが始まり。

# 滝脇家: 松平親忠の九男の乗清が三河国賀茂郡滝脇(愛知県豊田市滝脇町)に住んで滝脇氏を称した。江戸時代には旗本から駿河国小島藩1万石。【出典

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