古田織部
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■ 古田織部(ふるたおりべ): 「古田」の名字の由来

・ 古田織部(重然)は、大阪の陣の当時は丹波国氷上郡で1万石を領していたが、大坂方に内通して京を焼き払おうとして切腹させられた。古田重勝は織部の同族で、近江国日野、伊勢国松坂3万5千石。関ヶ原の戦いでは東軍に属し5万5千石。1619年に石見国浜田に転封となり1648年に改易。【江戸の殿さま 全600家 八幡和郎 講談社】

・ ?ー1615年。本名は古田重然(しげなり)。武将で、また茶人であった。織田信長の死後は豊臣秀吉徳川家康に仕えた。千利休に茶の湯を学んで、茶人として朝廷や貴族とも通じた。大坂夏の陣(大坂の陣)で内通の嫌疑をかけられて自害した。【出典


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