「立野」の地名の由来
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■ 立野(たちの): 茨城県龍ケ崎市立野?千葉県香取郡神崎町立野?
・ 利根川方面に開口する谷地を望む台地縁辺に位置する。字萱場の六部塚からは水晶90数個を収めた古瓶が出土。地名の由来の1つに館野説がある。宝光寺に康安元年・同2年・貞治4年・永正17年の年紀銘をもつ下総板碑が残る。【出典

■ 立野(たちの): 山梨県大月市梁川町立野
# 桂川右岸の河岸段丘上に位置する。地名の由来は、桂川に突出した原状の地形との関係が考えられる。縄文中期の遺跡がある。【出典

■ 立野(たちの): 三重県松阪市立野町
# 阪内(さかない)川中流右岸の平野、茶臼山東麓に位置する。地名は、立野神社の名に由来する。【出典

■ 立野(たちの): 奈良県吉野郡吉野町立野
# 吉野川中流右岸。竜門川の合流点付近に位置する。竜門川の川口から千股川の川口までの狭い地域。地名は古代の丹比部(丹治比部)に由来し、丹比野の二字化ともいう。【出典

■ 辰野(たつの): 長野県上伊那郡辰野町(「立野」とも書いた)  

■ 立野(たつの): 奈良県生駒郡三郷町立野
# 古くは「たちの」とも称した。大和川右岸、生駒山地の東麓に位置する。信貴山を背に、東と南は大和川に面し、西は河内に接する地で、中央に竜田大社が鎮座する。地名の由来は、イタドリの花のタチヒ野、あるいは秋立つ紅葉の名所によるともいうが、立は竜田の竜と同根で、タチ(丹治・多遅・丹比)とされる。【出典

■ 立野(たての): 千葉県香取郡神崎町立野
# 県東部、中川左岸の沖積地に位置する。地名は官の用水林があったことから立野と称したという(口碑)が不詳。【出典

■ 立野(たての): 神奈川県横浜市中区立野
# 町名は字名による。2つのヤトに挟まれた台地上に位置することから、当地を立野と称したものか。立野は、「新編武蔵」の根岸村の項に小名として見え、「横浜市史稿」によれば正徳6年改帳の北方村字名としても見えることから両村入会の地であったと思われる。【出典

■ 立野(たての): 静岡県浜松市南区立野町
# 太田川支流の?僧川上流域に位置する。地名は領民の立入りを禁じられた領主直轄の原野であったことに由来するともいう。【出典

■ 立野(たての): 山口県光市立野
# 島田川中流域沿岸および支流束荷(つかり)川沿いに位置する。地名の由来は、古くは楯野と書き、地内の産土神今山権現の祭神楯野媛命の由縁から出たものという。【出典

■ 立野(たての): 熊本県阿蘇郡南阿蘇村立野
# 阿蘇南郷谷南西部、白川右岸に位置する。地名に関しては、地形的に急傾斜の原野地であることにちなむとする説や蓑萱などの草立場としての立野であったためとする説などがある。【出典
・ 立野駅(たてのえき): 熊本県阿蘇郡南阿蘇村大字立野。南阿蘇鉄道豊肥本線。タテ(立=竜=水神)・ノ(野)。水神のいる野。ここに、阿蘇カルデラ内の全水流が集まり、外輪山のすき間から、はせ下る。【出典

■ 立野脇(たてのわき): 富山県南砺市立野脇
# 小矢部(おやべ)川東岸の谷間の段丘地に位置する。寛永の頃は一時格脇(かくわき)の文字を用いた。地名の由来は、草地すなわち、秣場あるいは萱立場として存立した野の脇に開かれた土地によるのではなかろうか。【出典

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