「岸和田」の地名の由来
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■ 岸和田(きしわだ): 大阪府岸和田市

・ 古くは岸と呼ばれたが、中世に和田氏が住み着いて岸和田と呼ばれるようになった。 

・ 岸和田は南北朝時代には、単に「岸」と呼ばれていた。建武元年(1334年)に、楠木正成の一族の和田高家が入ったことから、「岸の和田」と呼ばれ、岸和田になった。【小さな城下町 安西水丸 文藝春秋社】

・ 大阪平野の西部に位置し、海岸から伸びる平野部と和泉山脈葛城山に続く山地からなる。古くは岸と称したが、中世に和田氏が土着したところから、岸ノ和田、岸和田と呼ぶようになったという。【出典

・ 岸和田荘: 室町時代に和泉国南郡にみられた荘園名。建武元年、楠木正成が摂・河・泉3国の守護に任じられた際に、その一族の和田高家を代官として当地に配置したというが、史料的には、応永7年9月28日の将軍足利義満寄進状に「和泉国岸和田庄半分」とあり、当荘半分が石清水八幡宮寺に寄進されている。【出典

・ 東岸和田駅(ひがしきしわだえき): 大阪府岸和田市土生町。JR西日本・阪和線。延元年間に南朝方の和田氏が「岸」と呼ばれたこのあたりに拠ったところから、「岸の和田氏」と呼び、岸和田の地名が生まれた。【出典

・ 人名由来の地名集

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