「黄海」の地名の由来
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■ 黄海(きのみ): 岩手県一関市藤沢町黄海

・ 北上山地南西、北上川の支流黄海川下流域に位置する。地名の由来は、前九年の役源頼義が地内沼崎に陣をはった時、敵の死体から流れ出た血が沼に入って水面が黄色になったことによるとの伝えもあるが、「陸奥話記」によればこの時すでに黄海の地名が見えるからこの説は無理である。【出典

・ 黄海: 平安時代に陸奥国磐井郡にみられた地名。前九年の役の古戦場。「陸奥話記」天喜5年11月条に見える。この時、吹雪を衝いて、遠征の源氏1、800余の兵と、河崎柵によって迎え討つ安倍4、000余の軍とが、この黄海の地に会戦、源氏軍は大敗して、頼義・義家主従はわずか7騎が、辛うじて戦場を離脱することができた。【出典

・ 黄海保: 室町時代に陸奥国磐井郡にみられた地名。保の成立は平泉藤原氏の12世紀頃と考えられる。鎌倉期の地頭葛西氏であった。その後も、葛西氏の統治は南北朝期から室町・戦国期に至るまで絶え間なく存続し、豊臣秀吉奥州仕置の天正18年にまで及んだ。【出典】  

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