| 「神田」の地名の由来 | |
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■ 神田(かんだ): 東京都千代田区外神田
・ 神田(かんだ→しんでん)は読んで字のごとく、「神の田」。で寺社領のこと。
・ 伊勢神宮に納める稲を育てる田(御田・おみた)。この田の鎮守として作られたのが神田明神。商売繁盛の御利益。
・ 神社を維持する田地に由来する。【東京の地名 地形と語源をたずねて 筒井功 河出書房】
・ 神田(かんだ): 東京都千代田区。戦国時代から武蔵国豊島郡にみられる地名。
「江戸紀聞」に「上古は神田とて一国にあまたの田地をそなえて太神宮の神供とせり、此地も則その所也」とあり、一般に神社の神田(しんでん)に由来する地名といわれているが未詳。【出典】
・ 江戸時代、神田は町名ではなく広域地名だった。神田はもとは田地で、伊勢神宮に供える米を栽培していた。そのため「神田(しんでん)」と称し、それが「かんだ」になった。【出典】
・ 神田駅(かんだえき): JR東日本・山手線。JR東日本・京浜東北線。東京都千代田区鍛冶町。伊勢神宮に神供を納めるための田だったことに由来する。【出典】
■ 神田金沢町(かんだかなざわちょう): 東京都千代田区外見神田
■ 神田佐柄木町(かんださえきちょう): 東京都千代田区神田須田町付近
■ 神田佐久間町(かんださくまちょう): 東京都千代田区神田佐久間町
・ 延享年間に、材木商の佐久間平八らが日本橋材木町から移住して作った町。【出典】
・ 佐久間平八がこの地で材木問屋を営んでいたことによる。【出典】
・ 町名の由来は不明だが、慶長年間の江戸城の増築の際に、佐久間平八という者が材木御用を務めたことに由来するという説がある。【出典】
■ 神田白壁町(かんだしらかべちょう): 東京都千代田区鍛冶町周辺
■ 神田須田町(かんだすだちょう): 東京都千代田区神田須田町
・ 江戸時代以前は須田村と言った。このあたりには水田が広がり、地名はその水田にちなむ。【出典】
■ 神田多町(かんだたちょう): 東京都千代田区神田多町
・ むかしは、この地は田地で、田町が多町になった。【出典】
・ もとは「田町」といったが、佳字の「多」にかえた。【出典】
・ 俗に「めった町」と言った。【出典】
■ 神田三河町(かんだみかわちょう): 東京都千代田区内神田付近
■ 神田連雀町(かんだれんじゃくちょう): 東京都千代田区神田須田町周辺
・ 連雀は連尺のこと。連尺とは二枚の板を縄で組み、物を背負い易くした用具のことで、行商人などが利用した。この地には、行商人が多く住んでいた。【出典】
・ 職業由来の地名集
■ 神田紺屋町(かんだこんやちょう): 東京都千代田区神田紺屋町
・ 徳川家康の家臣の土屋五郎右衛門が負傷したため、慶長年間に紺屋頭に任ぜられこの地を賜り、染め物職人を集めて移住させたことに由来する。【出典】
・ 職業由来の地名集
・ 関八州と伊豆の藍の買い付けを許された紺屋頭(こうやがしら)の土屋五郎右衛門の拝領地。
・ 慶長年間にこの町ができたときに、このあたりに染め物屋が多く住んだことに由来する。【出典】
■ 神田明神下御台所町(かんだみょうじんしたおだいどころまち): 東京都中央区外神田
・ 神田神社裏手に位置するこの地域は、江戸の町が生まれた当初、幸龍(こうりゅう)寺や万隆(ばんりゅう)寺などが軒を連ねる寺社地だった。明暦の大火によって、江戸の町の多く(6割?)は焼失し、幕府は火に強い町づくりに乗り出しました。その一貫として、当地に城内の御台所御賄方(おだいどころおまかないかた)の武家屋敷として再建されたのに由来する。【出典】