「南畝」の地名 | |
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「能年・南畝」の名字 |
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■ 南畝(のうねん): 兵庫県姫路市南畝町(のうねんちょう)。古くは農年とも書き、「のうね」とも言った。
■ 南畝(みなみせ): 岡山県倉敷市南畝(みなみせ)。備前国児島郡のうち。岡山藩領。天城陣屋の家老の池田氏の知行所。北畝・東塚・中畝・松江とともに福田新田を構成。【出典】
・ 児島半島の西部に位置する。もと南潟と称していたが、嘉永5年総称福田新田の一部として高入された際、岡山藩により南畝と命名された。
■ 北畝(きたせ): 備前国(岡山県倉敷市北畝)。水島灘に臨む児島半島の西部に位置する。嘉永5年高入された総称福田新田の北部を占めることから、同年岡山藩によって命名された。嘉永4年干拓完成時、上流にある堆積という意味から上塚ともいったという。
■ 中畝(なかせ): 備前国(岡山県倉敷市中畝)。水島灘に臨む児島半島の西端に位置する。嘉永5年総称福田新田の一部として高入れされた際、北畝と南畝に挟まれることから、岡山藩によって命名された。なお福田新田堤水門用水路普請出来形図によれば、東塚に対して西塚と見えるが、この西塚の名は東高梁(ひがしたかはし)川の沖積地が高塚ケ原と呼ばれていたことに由来する。