関白
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■ 関白(かんぱく)

・ 関白と言えば、わたしてきには、まず「豊臣秀吉」や「秀次」が思い浮かぶなぁ。

■ 関白が誕生した事情

・ 光孝天皇が即位した二ヶ月後には、多数の男女の子息全員を臣籍降下させ、その中には後の宇多天皇(源定省・さだみ)も含まれていた。光孝天皇は藤原基経の許可を得て、政治の案件を天皇に奏上(天皇に申し上げる)させた。これが関白職の事実上の始まり。

・ 仁和3年(887年)に光孝天皇は重篤となり、後継者を考える上で、臣籍降下させた皇族を選んだ。それが後の宇多天皇で臣籍降下した皇族が天皇になった唯一の事例である。

・ 宇多天皇は本来は天皇になれない立場だったので、藤原基経の功績に報いるため関白に任ぜた。これが関白を設けた初めての事例。

・ なお、宇多天皇は昌泰2年(899年)10月14日に仁和寺で出家し、太上天皇ではなく法皇(出家した太上天皇)と称した。これが法皇の最初の例といわれる。

【天皇125代と日本の歴史 山本博文 光文社新書】

 

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