「川口」の地名の由来
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■ 川口(かわぐち): 埼玉県川口市

・ 県南東部、荒川左岸の自然堤防上に位置する。「義経記」「とはずがたり」に見える小川口を、現在の川口に比定することができる。【出典

・ 「川の合流点」のこと。荒川(旧入間川)と芝川の合流点にあたる。【出典

・ 荒川と芝川の合流点に開けたことを示す。【出典

・ 旧入間川(荒川)の河口に臨んでいることに由来する。ここは古くは「小河口(こかわぐち)」と言ったが、古利根川の近くの埼玉県北埼玉郡大桑村川口の方が大きかったので、それと比較して「小」をつけたものと思われる。江戸時代の初頭(二代将軍秀忠の時代)に「小川口」から「川口」となった。【出典

・ この地には、かつて川口の渡しがあり、「こかはぐち」と呼ばれた。それが川口となったのは1622年。新芝川が荒川に流れ込んだ口に由来する。【埼玉 地名の由来を歩く 谷川彰英 ベスト新書】

・ 第二次世界大戦後には、鋳物工場の数が700を超え、鋳物生産額は全国の1/3を占めた。1964年の東京オリンピックの聖火台は川口産。【埼玉 地名の由来を歩く 谷川彰英 ベスト新書】 

・ 西川口駅(にしかわぐちえき): 埼玉県川口市並木。JR東日本・京浜東北線

・ 東川口駅(ひがしかわぐちえき): 埼玉県川口市。JR東日本・武蔵野線

・ 川口駅(かわぐちえき): 埼玉県川口市栄町。JR東日本・京浜東北線。荒川と芝川の合流点に開けたことを示す。【出典

■ 川口(かわぐち):  埼玉県加須市川口

・ 県北東部、会ノ川(旧利根(とね)川)右岸の自然堤防上と河畔砂丘上に位置する。地名は古利根川の川口に沿うことに由来する。鎌倉期には奥州道が通り、その渡し場として有名であったという。地内には武蔵七党横山党の大串重保の子経俊が川口郷に住して川口八郎と称しており、その居館と伝える川口氏居館地がある。なお中世には小川口(現川口市)の渡しより当地の方が大きく有名であったという。【出典

■ 川口(かわぐち): 東京都八王子市川口町。河口とも書く。

■ 川口(かわぐち): 岩手県岩手郡岩手町大字川口。岩手川口駅(いわてかわぐちえき):岩手県岩手郡岩手町大字川口。IGRいわて銀河鉄道。北上川から一方井川(いっかたいがわ)へ入る川口に開けた集落による。【出典

■ 川口(かわぐち): 新潟県長岡市東川口
・ 越後川口駅(えちごかわぐちえき): 新潟県長岡市東川口。JR東日本・上越線。信濃川に合流する魚野川の川口にできた集落であることを示す。【出典

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