長宗我部家の家紋
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■ 長宗我部家: 「長宗我部」の名字の由来   

# 代表家紋: 七つ片喰紋

・ 長宗我部元親: 七つ片喰紋。長宗我部氏秦氏の流れをひき、秦能俊が鎌倉時代初めで宗我部郷に下向した。このときの別れの宴会で片喰の葉が盃に飛び込んで浮いたことに由来する。

# 長宗我部家【出典

・ 丸に七つ片喰紋(まるにななつかたばみもん): 秦の始皇帝の末裔を称する渡来系豪族の秦河勝の子孫が土佐国に移り住んで長宗我部家を興した。長宗我部家の家伝によると、先祖の秦河勝は土佐国の国司も務めた。河勝が国司となったときに朝廷から御盃を賜ったが、その盃の中には片喰の葉が浮かんでいたという。そのエピソードから「片喰紋」を家紋にするようになった。

# 長宗我部元親: 片喰紋。丸に七つ片喰紋。帆掛け船紋。丸に七つ片喰紋は長宗我部家の独占紋だった。長宗我部家の家祖の秦能俊が土佐国に下向するにあたって参内したところ、天皇より酒をいただいた。このときに、風に吹かれた片喰の葉が盃に舞い降りた。そこで、能俊は片喰を家紋にした。【出典

家紋の図柄

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