律令制
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■ 郡(ぐん・こおり): 律令制での行政区画の一つで、国の下に位し、郡司が管轄した。

■ 郷(ごう・さと): 律令制での行政区画の一つで、715年の郷里(ごうり)制の施行により「里」から変化した。

・ 郷とは荘園に対して使われた言葉で、私領の荘園に対して国領をさした。しかし、後には荘園の一角を郷と言った。

・ 大宝律令により、50戸で一つの里をつくる。後に50戸で一つの郷をつくると改められた。

・ 余部、甘利は郷制の余り。50戸で一つの郷を作ったが、55戸の集落はどうなるか?余った5戸は余戸里として「余戸」と名付けられた。「余戸」が転じて「余目(あまるめ)」や「甘利(あまり)」となった。

■ 国衙(こくが): 国衙の地名

・ 律令[りつりょう]時代に置かれた国の役所を言います。「国府[こくふ]」という言葉もありますが、「国府」はいろいろな施設を含めた広い範囲を指し、「国衙」は役所建物そのものを指します。

・ 国府を「こう」と呼ぶ地域も有り、また平安時代には国府を「国衙(こくが)」と呼ぶのが一般的だった。【出典

■ 保(ほ・ほう)

・ 律令制における郷(里)の下に置かれた末端の行政組織。

・ 平安末期から中世を通じての、荘・郷と並ぶ国衙(こくが)領内の行政区画の一単位。

・ 平安後期から現れる所領単位。

・ 戸(数十人)を5つ合わせて「保」、「保を」10合わせて「里」、「保」と「里」の間に「」がある。

■ 律令(りつりょう): 律(刑罰法規)、令(行政法規)、格(律令と現実との乖離を埋めるための補充・改正法)、式(律令の施行細則)、(社会規範・秩序)の五つの要素によって構成されるのが基本的な要件である。【人事の古代史 − 律令官人制からみた古代日本 十川陽一 ちくま書房】

■ 律令国家: 日本の古代国家は、律令を基本法典とする、律令国家として成立する。
律令国家とは、天皇を頂点とする中央集権国家である。全国に国郡里(のちに郷里制を経て国郡郷制となる)の行政区分を布き、東北地方から九州まで日本列島の広範囲を支配し、日本列島の枠組を築いた国家である。律令国家は、全国的な戸籍を作成して民衆を把握し、国家的な土地管理に基づいて民衆に田を班給し、その収穫の一部を田租として徴収した。また、戸籍は六年に一度しか作成されないので、計帳という別の台帳を毎年作成して、それを基準に調や庸といった税、労働力、兵役などを徴発していた。【人事の古代史 − 律令官人制からみた古代日本 十川陽一 ちくま書房】

■ 古代における官人やそれに準じた、いわゆる公務員は約15,000人。学生(がくしょう)や女官も800人以上いた。【人事の古代史 − 律令官人制からみた古代日本 十川陽一 ちくま書房】

■ 律令国家はいわゆる二官八省を中心とした文官組織と一台五衛府を基本とした武官組織からなる。
# 二官八省: 右弁官、左弁官。宮内省、大蔵省、刑部省、兵部省、民部省、治部省、式部省、中務省。
【人事の古代史 − 律令官人制からみた古代日本 十川陽一 ちくま書房】

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