「香川・香河」の地名の由来
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■ 香川(かがわ): 北海道虻田郡洞爺湖町香川
・ もとは洞爺村の一部、ニナルカ・仁成香・ヌッキベツ。地名は、香川県集団移民の手によって開拓されたことと、旧字名の仁成香(ニナルカ)から1字をとったことによる。かつては字成香の地域を含めてニナルカと呼ばれたが、開拓が進むにつれ、当地を北ニナルカ、字成香の地域を南ニナルカ、あるいは孤児院ニナルカと呼んで区別した。明治22年香川県第2次団体移住民が洞爺湖畔(現洞爺市街)に仮住居の掘立小屋を建て、通いで開墾を始め、同26年10戸を建てて移転したのが始まり。【出典】 

■ 香川(かがわ): 北海道苫前郡苫前町香川
・ はじめ苫前(とままえ)村、昭和23年からは苫前町の行政字。もとは苫前村大字苫前村・力昼村の各一部、古丹別・白志泊・染泊(そめどまり)・幌内・苫前・ウエンビラ・ウエンビラ沢・苫前原野基線〜苫前原野1線・古丹別原野基線〜古丹別原野4線など。地名は当地の開拓が主として香川県からの移住者によって行われたことに由来するという。古丹別川北部の陣屋の沢は幕末に庄内藩がトママイ場所を支配したときの根拠地で、藩引揚げ後は藤田万助が農業を続け、明治17年水稲の収穫に成功。同26年頃から香川県人の移住が始まり、同29年から本格的な開拓期に入る。【出典

■ 香川町(かがわちょう): 北海道室蘭市香川町
・ もとは室蘭市大字元室蘭村・千舞瞥(ちまいべつ)村の各一部、キモンタイ・ピンニオシコツ・ペトトル・ペケレオタ・ポンベトトル。設置時は字。キモンタイとはアイヌ語のキムンニタイ(山の方の森林の意)により、ペトトルは高き川の間の意。町名の由来は、入植者に香川県出身者が多かったことによる。【出典

■ 香河(かご): 京都府与謝郡与謝野町香河
・ 野田川の支流香河川の上流部に位置する。地名の由来は、「和名抄」の神戸郷が、川が香気を発したことから香河に転訛したものという。「丹哥府志」によれば、往古、石川村辺で山川の水が香気を発していたが、その源は10歳程の少女で、彼女はやがて皇妃となった。「元亨釈書」巻18に見える淳和天皇次妃で丹州余佐郷の人という如意尼がこの少女で、彼女はのち故郷の当地に帰り善法寺を建立、同寺は江戸期にはすでに廃寺となっていたが、その自ら彫刻した観世音菩薩は石川村神宮寺にあるという。【出典

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