「丸岡」の地名の由来
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■ 丸岡(まるおか):  福井県坂井市丸岡町

南北朝期から見える地名。越前国吉田郡藤島荘のうち。暦応3年9月付得江頼員軍忠状に「構向城於藤島内丸岡之処、自黒丸城凶徒打出之間、馳向一陣致合戦、追籠御敵於城中、抽日々軍忠功」とあり、「丸岡」に向城が築かれており、同年8月17日には黒丸城との間で戦闘が行われたことがわかる(尊経閣文庫所蔵文書)。慶長国絵図には「丸岡山村」901石余と見え、江戸期には丸山村となる。【出典
 継体天皇の子の椀子王にちなむ椀子岡が略されて丸岡になったとされる。

# 丸岡(まるおか): 福井県坂井市丸岡
・  男大迹皇子(「おほどおうじ」後の継体天皇)が、坂中井(「さかなかい」坂井郡)の麻留古乎加(「まるこのか」現在の丸岡の地)に住んで居られた時、そのお后の倭媛との間に2男2女がおられた。第2皇子が椀子(まねこ)皇子といい、皇子の御胎衣を丸岡城の乎加の南に埋めた所と言い伝えられいる。いつしか、この地は麻留は丸、乎加は丘陵の岡、つまり、丸い岡のある地、現在の丸岡の地名になった。また、この皇子の名前から「まるおか」となったという説があります。【坂井市丸岡観光協会公式サイトより】

・ 加越山地の西方、坂井平野東部の丘陵椀子(まりこ)岡を中心とする平野部に位置する。「足羽社記」は、継体天皇の子の椀子王にちなむ椀子岡が略されて丸岡になったと地名の由来を示している。【出典

# 文字通り「円い丘」のこと。【市町村名語源辞典 溝手理太郎 東京堂出版】

# 伝説によると、椀子(まるこ)王の御名代にちなんで丸子(まりこ)としたが、訛って丸岡になったという。形状地名か。【JR・第三セクター 全駅ルーツ事典 村石利夫 東京堂出版】

・ 丸岡駅(まるおかえき): JR西日本・北陸本線。福井県坂井市坂井町上新庄。

■ 丸岡(まるおか): 福井県越前市丸岡町

・ 地名の由来は奈良末期に万能華親王がいたことから「マンノウカ」と称し、それがマルオカ、さらにマルカと変化したものと伝える。【出典

■ 丸岡(まるおか): 山形県鶴岡市丸岡

・ 丸岡藩(まるおかはん): 江戸期の藩名。外様・極小藩。無城。櫛引(くしびき)郡のうち。寛永9年6月1日肥後国(現熊本県)熊本城主加藤肥後守忠広は肥後国一国を没収され、出羽庄内に配され、庄内藩主酒井忠勝にあずけられて、一万石宛行われた。この堪忍分1万石は、はじめ村山郡左沢(あてらざわ)が予定されていたが、酒井忠勝の要請で、鶴ケ岡城下に近い丸岡に変更され、寛永10年に領地が確定した。陣屋は丸岡村に置かれ、丸岡館といわれた。承応2年、加藤忠広の死亡により、領地は収公され、幕府領となった。【出典

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