「伊集院」の地名の由来
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■ 伊集院(いじゅういん):  鹿児島県日置市伊集院町

・ イスノキの多い地で「いす」と呼ばれていたが、平安朝の頃租税の稲穂を貯蔵する倉院が置かれ、院の名を「いすいん」と呼んだ。その後いつしか院の名称がその院に租税を納める地域名になり、伊集院と書くようになったという。【出典

# 伊集院(いじゅういん): 鹿児島県日置市伊集院町。薩摩半島の基部、下谷口川および神之川流域に位置し、伊集院盆地と周辺丘陵地からなる。イスノキの多い地で「いす」と呼ばれていたが、平安朝の頃租税の稲穂を貯蔵する倉院が置かれ、院の名を「いすいん」と呼んだ。その後いつしか院の名称がその院に租税を納める地域名になり、伊集院と書くようになったという。【出典

・ 伊集院筋(いじゅういんすじ): 鹿児島藩においては、街道のことを筋(すじ)と称した。鹿児島から伊集院―市来―串木野―百次―隈之城―高江―高城―阿久根―長島―野田―高尾野―出水(いずみ)―甑島(こしきじま)の13か郷を連絡するものであった。筋には、領外に通ずる筋、家老の書付などを送達する大宿次の経路、および通常の諸令達・廻文による時の経路があるが、当筋は諸令達・廻文による時の経路であった。各所に宿場があり、書状・廻文の送達には宿次夫を出し、奉公人に対しては例規により送人馬を出した。宿次夫・送人馬は百姓の夫役により、飯米は郡方から出た。【出典

# 平安時代に租税(稲など)を収納する「院」と呼ばれる倉庫ができた。古来より「いす」の生えていた地に「院」ができたので「いす院」となり、伊集院になった。【出典

# 伊集院駅(いじゅういんえき):鹿児島県日置市伊集院町徳重。JR九州・鹿児島本線日置郡伊集院町の町木は「いす」。平安時代に、租税(稲など)を収納する「院」と呼ばれる倉庫ができた。古来より「いす」の生えていた地に「院」ができたので「いす院」になり、伊集院となった。【出典

# 上伊集院駅(かみいじゅういんえき):鹿児島県鹿児島市上谷口町。JR九州・鹿児島本線。上伊集院は、日置郡松元町の旧村名。駅の開業時には「饅頭石(まんじゅういし)」といったが、昭和24年(1949年)に改名。饅頭石は駅の東方の松林の中にある円形の巨石。【出典

・ 上伊集院駅(かみいじゅういんえき): 饅頭石駅(まんじゅういしえき)→上伊集院駅。鹿児島本線。旧上伊集院村に因む。饅頭石は駅の東の松林にある円形の巨石のこと。【出典

# 伊集院(いじゅういん): この地には「柞(いすのき)」という樹木が多く自生していたため「いす」と呼ばれていた。平安時代に租税の稲穂を貯蔵する倉院がおかれたことから「いすいん」と呼ばれ、そこから「伊集院」となった。【出典

# 伊集院(いじゅういん): 鹿児島県日置郡伊集院町(現日置市)。イジュウは、イスにあてられた文字の転という。イシ(石)、または、イサ(砂)の転か。院は、中世の荘園をいう地名語尾。【出典

# 伊集院(いじゅういん): 大正11年(1922年)に、「伊集院町(いじゅういんちょう)」が成立したが、平成17年(2005年)には「東市来町」「日吉町」「吹上町」と合併して「日置市」になった。「伊集院」の由来は、「イスノキ」という木によるものというのが定説。「イスノキ」は漢字では「柞」または「蚊母樹」と書き、マンサク科の常緑高木である。この地には、この「イスノキ」が多く自生して、そこから「イス」と呼ばれていたが、平安時代になって、租税の稲穂を貯蔵する倉院が置かれたことから「イスン」と呼ばれ、それに「伊集院」の漢字をあてた。【出典

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