群馬県内の「滝川」の名字の詳細
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■ 滝川(たきがわ)

# 上野国厩橋(現前橋市)城主。近江国甲賀郡の出で、紀長谷雄の末裔の貞勝のときに一宇野城に拠り、子の一勝から滝川氏を称したというが、伴姓の出という史料もあり、一益以前は不詳。一勝の子の一益は織田信長に仕え、1569年には尾張国の蟹江城主となった。翌年には北伊勢国を与えられ、以後累進して宿老になり、1582年に武田氏が滅亡すると上野国の厩橋城主になった。しかし、同年の本能寺の変後、北条氏直と神流川で戦って敗れ、伊勢国に帰国。1583年には柴田勝家と結んだが秀吉に敗北して降った。一益の子の一時は豊臣秀吉に仕え、1592年には徳川家康に属して上総国で2000石を与えられた。関ヶ原の合戦では東軍に属して江戸時代には旗本富山藩家老の滝川家もこの一族。【出典】  

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