「二万」の地名の由来
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■ 二万(にま): 岡山県倉敷市真備町上二万

・ 二万郷(にまごう): 岡山県。斉明天皇の百済救援に際して、この地で2万の兵が集まったことに由来する。  

■ 邇磨(にま)の郷: 備中国

・ 臣(わたくし)は去る寛平五年(893年)年に備中の介に任ぜられた。かの国の下道(しもつみち)の郡に邇磨の郷がある。そこでかの国の風土記を見ると、皇極天皇の六年に大唐の将軍の蘇定方(そていほう)が新羅の軍をひきいて百済を伐った。百済は使を派遣して救援を請うた。天皇は筑紫に行幸して救援軍を出そうとした。時に天智天皇は皇太子で、摂政としてこの軍に従事して、下道の郡に宿った。ある郷で、家や村が大層繁盛して栄えているのを見た。天皇は詔を下してためしにこの郷の軍士を徴集すると、ただちに優秀な兵二万人が集まった。天皇は大変よろこんで、この邑を名づけて二万の郷といった。後に改めて邇磨という。その後、天皇は筑紫の行宮に崩じたので、ついにこの軍は派遣しない。【出典

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