| 「御来屋」の地名の由来 | |
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■ 御来屋(みくりや): 鳥取県西伯郡大山町御来屋
# 御厨とも書く。地名の由来は、住吉神社の貞享元年の棟札によると、後醍醐天皇が隠岐から脱出して、当地に上陸したため、男嶋崎を御来屋と改称したという。【出典】
# 御来屋(みくりや): 元弘3年(1333年)に、流刑先の隠岐島を脱出した後醍醐天皇がこの地に上陸したという伝承がある。男嶋崎を「御来屋」に改称した。または、伊勢神宮の「御厨(みくりや)」に由来する。【出典】
# 隠岐に流された後醍醐天皇が、島を脱出しこの地に上陸した伝承から男嶋崎を御来屋に改称した。【出典】
# 御来屋駅(みくりやえき): 鳥取県西伯郡大山町西坪。JR西日本・山陰本線。中世皇室御領の久永御厨の所在地ともいわれるし、もと男嶋碕が御来屋になったともいう。名和氏の故地。以前は御来屋町だったが、御来屋町と庄内・名和・光徳の三村が合併して西伯郡名和町へ。【出典】
# 御来屋駅(みくりやえき): 鳥取県西伯郡大山町西坪。山陰本線。駅名は、食物を皇室や伊勢神宮の食膳に献上する所領の意味。【出典】
# 御来屋(みくりや): 旧名和町にあった漁港。平成17年(2005年)に合併して、「大山町(だいせんちょう)」。後醍醐天皇が討幕計画に失敗して、隠岐島に流されたのは、元弘2年(1332年)だが、翌年には隠岐島を脱出して、当地に上陸したため、男嶋崎という地名を「御来屋」と改称したという。その際に、天皇を助けたのが、この地で海運業を営んでいた名和長年で、後醍醐天皇とともに戦って武士になった。【出典】