田尻」の地名の由来
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■ 田尻(たじり): 宮城県大崎市田尻

・ 田尻川の左岸、低平な水田地帯に形成された町場で、遠田(とおだ)郡西部の中心ともいえる役割を果たした。地名の初見は「日本後紀弘仁3年10年28日条に、常陸の6駅を廃して「小田、雄薩、田後等三駅」を建てたとする記事である。前二者は当時の小田郡、現涌谷(わくや)町内に比定される地名で、田後が当時の遠田郡に置かれた駅家と考えられる。「和名抄」では上野国那波郡の同じ郷名を「多之利」と読ませているから、「日本後紀」の田後も同じ訓であったとしてよかろう。「田尻町誌」では駅家を田尻町字町に比定しており、平安初期にすでにこの地名が用いられていたことがわかる。その由来については、上野国田後郷からの植民説、低平な水田地帯という地形からの命名説、さらにはアイヌ語説などがある。【出典

・ 古代の、「田後(たじり)駅」に因むともいう。「たか(高)」+「しり(末)」の転で、「丘陵の端」という地名か。【出典

・ 大きく開拓された稲田の最後の地区につけられた耕作地名。【出典

・ 田尻駅(たじりえき): JR東日本・東北本線。宮城県大崎市田尻沼部字塩加良(しおから)   

アイヌ語地名

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