| 「三之山」の地名の由来 | |
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■ 三之山: 旧日向国、宮崎県
# 戦国期に見える地名日向国諸県郡(もろかたぐん)のうち「三山」「三ケ山」などとも書き「みつのやま」とも称した真幸院の領主北原兼守の死後、兼守の妻が伊東義祐の娘であったことから、伊東氏は北原氏の後継者問題に介入し、北原氏の立てようとした民部少輔を排し、義祐の娘(兼守後家)を馬関田右衛門に再嫁させて「三之山」に居城させ、遂には民部少輔を殺して、永禄5年には北原氏の領地である真幸院をはじめ高原(たかはる)・栗野・横川にいたるまで支配下に収めるにいたった。【出典】