村と郷
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■ 村と郷

・ 日本の古文書(日本書紀など)には農民の苗字は書かれていないが、書かれていないからといって苗字を持っていなかったとは言えず、実際に持っていたようだ。これらの文書への名前の記載は原則として五位以上の貴族だけ。

・ 八世紀頃の平城京には1万人くらいの下級官人が勤めていたが五位以上の貴族は百数十名。したがって、99%の人の名は記録に残っていない。しかも、かれら貴族の名も官職名の姓氏であって苗字ではない。

・ 朝廷に帰順して俘囚になった彼らは、弥生時代以来から持っていた「鈴木」「佐藤」「渡辺」「阿部」などの苗字(あだ名)を隠して、君子部の姓を名乗ることになった。

・ 郡、県、村は良民によって自然集落として形成された。

・ 郷、所(別所)、部曲(かきべ)は人為的に設けられ、朝廷や貴族などが私有していた。

・ 村の数: 江戸川時代には全国に6万の村があったとされる。 

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