二宮金次郎
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■ 二宮金次郎(通称): 「二宮」の名字の由来

・ 1787年〜1856年
・ 諱: 尊徳(たかのり)
・ 別字: 金治郎

・ 天明の大飢饉のさなか、金次郎は相模国栢山村の中流農家に生まれた。しかし、幼少時代に村を襲った洪水で没落し、両親を亡くして叔父に引き取られた。しかし、少しずつ貯めたお金で実家の田畑を買い戻し、20歳の頃には再興を果たした。小田原藩家老服部家に働きに出て、服部家の財政を立て直したのをきっかけに、1822年に小田原藩の召し抱えられた。1842年には普請役として幕臣に取り立てられた。

■ 二宮尊徳(にのみやそんとく)【出典
・ 1787−1856年。享年70歳(病死)。
・ 出身地: 相模国。
・ 肩書き: 農政家。
・ 家紋: 石持ち地抜き木瓜紋。
・ 相模国栢山(かやま)の農家の長男として生まれた。通称は金次郎。生家は台風で田畑を失い没落したため、5歳で伯父宅へ預けられた。父母は亡くなったが、勤勉・節約に励んで開墾を続け、20歳までに生家を復興させた。その後、尊徳は小田原にでて小田原藩の家老の服部家の奉公人になった。尊徳が服部家の財政立て直しを成功させ、その名は藩内に知られるようになり、下野国にあった藩領と幕府領での農村復興を任されて成果を収めた。

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