「国東」の地名の由来
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■ 国東(くにさき): 大分県

・ 豊後国風土記によると、景行天皇が船で東から豊後国に向かった際に、遙か遠くの豊後国をご覧になり、「あそこは国の埼(先端)ではなかろうか」と仰せられ、それが「国の東端」という「国東」に転訛したという。【出典

■ 東国東(ひがしくにさき): 大分県東国東郡。明治22年(1889年)の郡の分割による。国東郡の東部のこと。【出典

・ 西国東(にしくにさき): 大分県西国東郡。国東郡は風土記に見え、古代の和名抄に見える豊後国の郡名。表記は「国埼」。明治22年(1889年)の郡の分割による。国東郡の西部のこと。国東郡は、「豊後国の端」の意味か。東端にあるため、東の文字を当てた。【出典

・ 国東(くにさき): 大分県東国東郡国東町(現国東市)。古代の倭名抄に見える豊後国国埼郡国前郷。明治22年(1889年)から明治27年までは「国崎」と書いた。古代の郷名の復活によるか。または郡名によるか。【出典

・ 国前(くにさき): 豊後国国埼郡国前郷。大分県国東町。先端を意味するサキは古くはいりいろな漢字を当てた。クニサキは略してクサキともいう。【出典

・ 国東(くにさき): 古来「国埼郡(くにざきのこおり)」であり、大分空港がある「国東半島」として有名。明治27年(1894年)に「国東町(くにさきまち)」が誕生した後、幾多の変遷を経て、昭和29年(1954年)に、新生「国東町」が成立したが、平成18年(2006年)に、「国見町」「武蔵町」「安岐(あき)町」と合併して「国東市」が成立した。「国東」の地名の由来は古く、景行天皇の時代にまでさかのぼる。「豊後国風土記」には、「国埼(くにさき)の郡」として、以下のように書かれている。「昔、纒向の日代の宮に天の下をお治めになられた天皇の御船が、周防の国の佐婆津(さばつ)から出発して渡海されたが、はるか遠くにこの「豊後」の国をご覧になり、勅して、『あそこに見えるのはもしかすると国の埼ではなかろうか』と仰せられた。それによって国埼の郡という」。この記述によると、天皇は東から船で豊後国に向かったことになり、「国の先端」という意味だったのだが、それが後に「国の東端」という意味で「国東」に転訛した。【出典】  

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