「敦賀」の地名の由来
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■ 敦賀(つるが): 福井県敦賀市

・ 崇神天皇の時代に朝鮮半島から「都怒我阿羅斯等」(ツヌガアラシト)がこの地に渡来したことにちなんで「角鹿」と呼ばれるようになり、和銅6年(713)に「敦賀」という字に改められた。【出典

・ 古くは「都奴賀・つぬが」と呼んだ。敦賀半島が角状に飛び出していることから、「角処(つのか)」と呼び、それが転訛したものと言われる。  

・ 敦賀駅(つるがえき): 福井県敦賀市鉄輪町。JR西日本・北陸本線小浜線。角鹿・都奴我・都留我とも書く。近世には鶴賀の佳字を用いることもあった。渡来人が角額(つぬが)という兜をかぶって移住したことを証明するものであるとみえる。【出典

・ 西敦賀駅(にしつるがえき): 福井県敦賀市山泉(やましみず)。JR西日本・小浜線

# 敦賀(つるが): 福井県敦賀市。古事記に「角鹿(つぬが)」としてあらわれる。額に角がある人物がこの地に滞在した、あるいは朝鮮半島から「都怒我阿羅斯等(つぬがあらしど)」が渡来したともいう。和銅6年(713年)に敦賀に改められた。【出典

# 敦賀(つるが): 福井県敦賀市。古代の和名抄に見える越前国の郡名。古くは、ツヌガ(角鹿)。ツルガは好字をあてたための、文字による音転か。ツ(接頭語)・ヌカ(湿地または崩壊地形)という地名か。【出典

# 敦賀(つるが): 古来より、内外の交通の要衝として知られ、かつては「角鹿(つぬが)」と呼ばれた。記紀にも登場し、古事記には応神天皇が宴を催した際に、「この蟹や いづくの蟹 百伝(ももづた)ふ 角鹿の蟹 横去らふ いずくに到る」と歌を詠んだと記されている。「百伝ふ」は角鹿の枕詞であり、この時代すでに角鹿の蟹は有名だったことがわかる。また、日本書紀には垂仁天皇元年の条に、崇神天皇の御世に、額に角がある人物が越国(こしのくに)の筍飯浦(けひのうら・福井県敦賀市曙町)に停泊したので、この地を「角鹿(つぬが)」と名付けたという話が書かれている。和銅6年(713年)に、「角鹿」が「敦賀」に改称されたと言われる。【出典

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