| 「的野」の地名の由来 | |
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■ 的野(まとの): 奈良県山辺郡山添村的野
・ 布目川の流域に位置する。東大寺要録には「添上郡満登庄田地十五町三百十九歩、五月二日御斎会料」とあることから、当村は東大寺領の荘園だった。満登(まと)は佳字地名。天暦四年(950年)の「東大寺封戸荘園並寺用帳」には「添上郡酒登(さかと)庄」とあり、酒登は満登で、一種の形状地名。マト野は間戸野で、間戸は狭間・迫を意味する地形語であろう。「ト」は所・処の意味。なお、京都府、日本海沿岸の漁村、間人村は現地では「タイザ」と訓(よ)む。平城京の木簡には「丹後国竹野郡間人郷土師部乙山中男作物海藻六斤」と墨書、海藻を貢進していた。聖徳太子の母親の穴穂部間人(あなほべのはしひと)媛がここに移り、退座」したので「タイザ」というのは地名伝説。間人は海岸の間戸(狭い所)のこと。瀬戸内の牛窓の「マト」、的野(間戸野)と同義で、海岸の入り込んだタギタギしい磯、タギイソ→タギイサ→タイザになったか。【出典】