| 「朝倉」の地名の由来 | |
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■ 朝倉(あさくら): 奈良県桜井市朝倉
・ 奈良県内には「アサクラ」の地名が約10例ある。 天平二十年の「弘福寺文書」によると広瀬郡大豆(まめ)村に、「甲倉(校倉・あぜくら)」、「庄家」「瓦山」などの地名がみえ、現在の広陵町内、馬見(うまみ・大豆)丘陵付近の地名で、同町の大字赤部に「アゼクラ」の小字が残る。赤部は赤土の産出地で、中世には赤土器座(かわらけざ)があり、隣地の「箸尾」は「埴生(はしを)」の意味だろうか。「埴」は「土師」で、「生」は「尾」に転じた。葛生→葛尾、栃生→栃尾、松生→松尾など、生→尾の改字例は少なくない。ちなみに、丘陵内から古瓦の窯跡が検出されている。アゼクラとは正倉院のような建築にみられ、建築技術上の名称で、クラは倉であり、アゼは木をあぜ交(な)うことで、あざなへる縄をアザナハといった。「校」の文字の構成がよくこれを明示し、水平に組み合わせることを通則とする。正倉院の校倉のように太く高い柱の建つ井楼(せいろう)積みの板倉様の構造で、唐招提寺の経蔵や、春日大社宝庫などがその好例。古代の「甲倉」の所在地を「アゼクラ」といったらしく、このあざ交(な)うというところ、アザの交叉する状態を畔道という。雄略天皇の長谷朝倉宮の「ハセ」は「ハサマ」の下略、長谷は字義のように長いハサマ(谷)で、地名の大・小は美称。大初瀬(おはつせ)山、小初瀬(をはつせ)山にも転じた。ついには、ヲハステ山(姨捨山)となって信濃国に発生したという伝説がある。また、大和国の長谷の南方の小ハサマはカサマ−笠間(旧大字)になった。笠間南方の谷に迫間(はさま・旧大字)、その南方に大蔵谷、佐倉の地形名がつらなる。いずれも谷間の地名でクラといった。ハセはクラ(谷)である。初瀬(はせ)町のクチノクラ(口倉)、タキノクラ(滝蔵)、クラハシ(倉橋)、サクラ−サクラヰ(桜井)、ヲクラ(小倉)、クラサキ(黒崎)など、クラにかかわる古代地名が多く残っている。長谷の朝倉もクラ→サクラ→アサクラに転じた。ツマ(妻・端)がアツマ(吾妻)から朝妻に転じたか。また、サクラに「若」の美称を冠して稚桜(わかさくら)宮の誕生をみた。「井」が「狭井(さい)」から「若(美称)狭井」になった例もある。【出典】