「馬」の地名
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■ 生駒(いこま): 奈良県生駒市

■ 馬神(うまがみ):  山口県周南市馬神。榎田と称する田の中に、馬頭によく似た石があり、ある夜その馬頭石が鳴いていたので、村人たちは馬神の森(杜)を設け、祈祷を行うとようやくその鳴き声が止まったという伝説にちなむ。【出典

■ 馬木(うまき): 広島県広島市東区馬木(うまき)。広島県東広島市西条町馬木(うまき)。

■ 馬木(うまき): 愛媛県松山市馬木町
・ 松山平野北部の平坦地に位置する。古代は「和名抄」に見える和気(わけ)郡大内郷に属したと推定される。【出典

■ 馬路(うまじ): 京都府亀岡市馬路町。地名の由来は、丹波国の国府と国分寺・国分尼寺間の山陰道馬継ぎの地であったため、はじめ馬次、やがて馬路となったという。【出典

■ 馬路村(うまじむら): 高知県安芸郡馬路村。地名の由来は不詳。ただし、各地の「馬路」という地名の由来は「狭い土地」を意味すると思われる。「狭い土地」から「せまじ」や「間地(まじ)」に転訛した。【出典
・ 村の面積の96%が森林という自然豊かな村。地名の由来は不詳だが、各地の「馬路」という地名から推察すると、「狭い土地」を意味する「せまじ」や「間地(まじ)」が転訛したか、馬でしか行けない村という意味と思われる。【出典

■ 馬立(うまたて): 愛媛県四国中央市新宮町馬立
・ 銅山川中流域、支流の馬立川との合流点にあたり、西と南は四国山地の広大な山間部をしめる。延暦16年から太政官道が通り、山背(やましろ)駅が当地に設置され、馬継ぎの地であったことから、馬立と地名がついたという。【出典】 

■ 上附馬牛(かみつきもうし): 岩手県遠野市

■ 毛馬(けま): 大阪府大阪市都島区毛馬町。与謝蕪村は大阪の毛馬村の出身。地内の毛馬城に織田氏が在陣した。

■ 毛馬(けま): 兵庫県尼崎市。戦国時代に摂津国河辺郡にみられた地名。この毛馬村は塚口郷・椋橋郷と並記され、大阪市域の毛馬ではなく、尼崎市域と思われる。【出典

■ 駒門(こまかど): 静岡県御殿場市駒門。建久4年源頼朝が富士の裾野で巻狩を行ったとき頼朝の馬が大きな石の前で止まったので、この石を駒止石といい、その付近の地名を駒門と呼ぶようになったと伝えられている。【出典

■ 馬上免(ばじょうめ): 福井県越前市馬上免町

■ 馬鍬水流(まかんずる): 鹿児島県伊佐市

■ 馬木(まき): 島根県出雲市馬木町【参考
・ 旧朝山村。馬来とも書く。神戸(かんど)川中流部の左岸に位置する。【出典

■ 馬木(まき): 島根県仁多郡奥出雲町大(小)馬木
・ 真木とも書く。大馬木川の上流域の山間地。広島県境にそびえる烏帽子(えぼうし)山は、「風土記」所載の遊託(ゆた)山である。【出典

■ 馬籠(まごめ): 山梨県中央市馬籠。地名の由来については、「国志」に「村名真泥(まごみ)ト云フ義ナルベシ、方言ニ泥ヲゴミト呼ブ、今モ水湿ノ地ナリ」とあり、釜無川乱流の末の堆土に立地することにちなむ。【出典

■ 馬籠(まごめ): 岐阜県中津川市馬籠。地名は木曽駒の放牧地であったことに由来するという。【出典

■ 馬路(まじ): 島根県大田市仁摩町馬路

■ 馬立(またて): 茨城県坂東市馬立
・ 菅生沼に注ぐ江川の左岸に位置し、かつての飯沼の入江は弓田との境となり谷津田が開けている。地名は当地に馬牧があり、馬の鼻(花)面を立てたことに由来するという。【出典

■ 馬室(まむろ): 埼玉県鴻巣市滝馬室
・ 馬室は古くは間室、真室、麻室とも書いたが、室町時代に馬室に変わった。馬室の地名には、「戦国時代に武士から馬を盗まれないように隠していた穴に由来する」という地名伝説があるが、府会で「馬村」に由来すると言う。このあたりには古代から中世にかけてがあった。【出典
・ 地名は古墳の石室を示す「むろ」から生じたという。【出典

■ 敏馬(みぬめ): 兵庫県神戸市。奈良時代から摂津国兎原郡にみられる地名で、美奴売・敏売とも書く。生田川と都賀川の間、現在の中央区から灘区にかけての小湾曲部の海浜に位置する。「摂津国風土記」逸文に「美奴売の松原、今、美奴売と称ふは、神の名なり」とある。神功皇后が能勢郡美奴売山の神から教えられた通り、同山の杉で船を造り、新羅に遠征したが、還来の際、当地まで来て船が動かなくなったため、卜占によって当地に美奴売神を祀ったことから地名となったという。【出典

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