| 民俗学の独り言2025年 | |
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■ 251227(土): 最近の人類学等の研究成果によれば、アイヌは大和民族と同じモンゴロイドであるという。白人系がはいっていると思っていたが、違うのか。
■ 251227(土): 日本人に対するアンケートには、私に言わせればコツがある。それは基本的には「和」の民族で、自己主張が苦手な日本人に答えやすい形を作ることだ。まさに「設問」である。【逆説の日本史17 井沢元彦】
■ 251220(土): 商は詐なり(商売とは人をだますことだ)」松平定信の「迷言集」の一つに「商は詐なりがある。江戸時代の「士農工商」のいわれか?
■ 251220(土): 歌舞伎の発祥は出雲の阿国であり、後に幕府が「女優」を禁じたために、「野郎歌舞伎(男優だけの歌舞伎)」になった。【逆説の日本史16 井沢元彦】
■ 251219(金): UNCSGN(国連地名標準化会議)【出典】
・ UNCSGNは、地名を「地球上の特徴に適用される名称」と定義している。命名された地名には、以下のようなものがある。
� /邑�の多い場所(市町村など)
�◆々埓�区分(州、小郡、地区、行政区など)
�� 自然の特徴(小川、山、岬、湖、海など)
�ぁ〃�造物(ダム、空港、高速道路など)
�ァ‘団蠅涼楼茵並燭�は宗教的)を意味する、境界のない場所や地域(例:放牧地、漁業地域、聖地)
■ 251213(土): そんなルールはなかった?
史料第一主義とは、史料にないから、それは無かったということ。
例えば、未来において、令和の時代には、東京ではエスカレーターは左に立って、右側は歩いて登る人のために開けておく。こんな規則はなかった(たぶん)が、実態はあった。
後世、規則が無かったから実態がなかったと言うようなもんか。まぁ、現代は映像という史料が残ってはいるが。
■ 251213(土): 大坂の儒者中井竹山という人が寛政の改革の時に、老中首座だった松平定信に馬車の採用を提言している(中略)。だが、松平定信は、この案を採用しなかった。旅客一人に駕籠舁二人、普通は、旅客一人に馬方一人、馬一頭の時代に、馬車のような飛躍的に能率の良い運送手段を利用すれば、まず、大勢の人足、馬方、駕籠舁などが失業する。人間が歩くようにできている道路を馬車向けに作り直すためにも多額の費用がかかる。
【『大江戸開府四百年事情』石川英輔著 講談社刊】
■ 251206(土): 学べば学ぶほど、日本の歴史において朱子学が果たしてきた重要性(いい意味ばかりではない)と、その流れが現在に及ぼす影響(懸念)を無視できない。日本は政教分離をうたっているわけだから、政治への宗教団体の関与は避けなければならないが、政治的判断に宗教的価値観がはいらないようにする必要もあるのではなかろうか。
■ 251206(土): 誇大呼称: 結構、誇大呼称の自治体名は多いねぇ。山形県村山市もその一つといえようか。
・ 千葉県大平洋市: 一時、千葉県の山武郡成東町、山武町、蓮沼村、松尾町が合併して千葉県大洋市が生まれる計画があった。【出典】
■ 251129(土): 「部落」
・ ・・・前略・・・西日本ではこれを部落と呼んだ(ちなみに、特に関西人で誤解している人がいるが、東北地方等に行けば「部落」は決して差別語ではなく、日常生活で「集落」の意味として通用している。
・ 私も、大きくなるまで、この「部落」問題は知らなかった。普通に部落という用語を使い、著書でも「部落」という用語を使っていた。最近は、それらを「集落」という用語に変えたが。最近は「置換」機能があるので、そういう場合には便利。
■ 251129(土): ハリスの回想録
ペリーが黒船でやって来た時、外交官としてはアメリカ初代総領事ハリスが伊豆国下田に居を構えた。そのハリスが回想録で次のように述べている。彼ら(日本人)は皆よく肥え、身なりもよく、幸福そうである。一見したところ、富者も貧者もない。これが恐らく人民の本当の幸福の姿というものだろう。私は時私は時として、日本を開国して外国の影響をうけさせることが、果してこの人々の普遍的な幸福を増進する所以であるか、どうか、疑わしくなる。
「日本人は正直で勤勉、身分の上下、富裕の差に関わり無く、質素で華美に走らない」(同)とも言っているし「私は、日本人は喜望峰以東のいかなる民族よりも優秀であることを、繰り返して言う」(同)とも述べている。
■ 251122(土): アーミッシュ
アーミッシュとは、「科学万能主義」に見えるアメリカ合衆国に存在し、キリスト教(プロテスタント)の一派で、ドイツ系が多く二十万人の信者がいる。
たとえば、アーミッシュが「科学万能主義を否定した」生活方式を取るのは、プロテスタント系の禁欲の教えを重視するからだ。だから彼等は小説を読まないし、いわゆる「娯楽」を楽しむことを許さないし、楽器も持たない。楽器は「快楽の道具」であるからだ。
「便利な道具」だからといって飛びつかず、それを導入するか否かはコミュニティ内の話し合いで判断していた、ということだ。
アーミッシュにはこの他にも厳しい戒律があり、たとえば、成人する前にアーミッシュとして今後も生きていくか、それとも外へ出て普通のアメリカ人として暮らすか選択の自由はあるのだが、一度共同体の外へ出ると親族関係からは絶縁される。
大家族での暮らしが基本で、移動には馬車を用い、農作業は馬、ロバに頼り、自給自足が原則だ。それが信仰の一部となっていて、新しい技術を導入するか否かは、コミュニティ内での話し合いを経て判断されるという。
彼等の生活様式は、アメリカに移民としてやって来た十八世紀当時の暮らしを遵守しているという。服装は大人も子供も十八世紀当時のまま。電気や自動車を利用せず、家庭には電話もなければ水道もない生活を送っているという。
【逆説の日本史17 井沢元彦】
※ 知人の談だが、「ハリソン・フォード主演の映画、『刑事ジョン・ブック
目撃者』でアーミッシュの集落が舞台になっていて、それで30年ちょっと前にランカスターのアーミッシュの集落に行ってみた事が事があります。自宅電話はないが、公衆電話の使用は可能。ボタンはぜいたく品だという事で、服はフックかピンで留めて、男性はベルトをせずにサスペンダーを使っていました。」
■ 251115(土): 名字や地名は無形文化遺産
先日、宮城県の女川にいったときに、入ったカフェの店長に聞いた話。
女川の街は先の大震災の津波で甚大な被害を受けて後、街自体を作り直したといってもいい。それは土盛りによるかさ上げや、道路の再設置?が中心かと思われる。その際に、住所はどうなったのかと聞いてみたら、住所は新たに割り当てられたそうだ。こうなると、昔からあった地名(町名)で、消えたものもあるのだろう。この街だけではないが、どこにおいてもこうやって地名が消えたり生まれたりを繰り返す。そうして、無形文化遺産にも変更が加えられていく。
■ 251115(土): 幕府の公式哲学(宗教)であった儒学では「身体髪膚これ父母に受く、敢えて毀傷せざるは孝の始なり(体というものは父や母からの贈物である。これを傷付けないことが孝の第一歩だ)」という考え方をするから、刺青であろうと入墨であろうと親不孝という最大の罪を犯していることになる。【逆説の日本史16 井沢元彦】
■ 251108(土): 先日、某物産館に行ったときに、季節柄、平種なし柿が山積みになっていた、そこで思ったのは「これって渋抜きしてるの」ということ。山形人の常識は「柿は渋柿で、渋抜きをして食べる」ということ。私が小さいときは、渋柿を買ってきて、焼酎に浸して渋抜きをして食べたもんだ。しかし、いまでは「渋抜きをして食べる」という気力はない。そこで、念のため側の店員さんに「これって渋抜きはしてあるの?」と聞いてみたら「渋抜きはしてあります」とのこと。それなら、一筆書いてほしいと思ったものだ。これが「柿は渋柿」という山形人の思い。
■ 251101(土): 天保の改革で有名な3人。水野忠邦、鳥居耀蔵、遠山景元(遠山の金さん)。鳥居と遠山は、共に老中の水野忠邦に取り立てたわけだが、後世に残る2人の人物像は正反対と言ってもいい。鳥居は水野の意思を汲んで、弾圧的な行政をしたが、遠山はそれに逆らって、庶民の味方的な行政を行った。これこそが、わたしがかつてから抱いていた疑問だった。それは、水野がどうして自分の政策に反対するような遠山を取り立てたのか、そして罷免しなかったのか?それには、色々な解釈があるだろう。その一つにガス抜き的な役割である。しかし、現在の民主主義の時代だからこそ、ガス抜きという考えが思いつくが、江戸時代のような一種の独裁社会において、ガス抜きと言う考え方があったかということ。もう一つは、遠山景元の現在に伝わる話が事実であったかと言うこと。最近の遠山景元の研究者?の著書によると、金さんが刺青をしていた史料は残っていないらしい。そして、天保の改革で奢侈を理由に歌舞伎が禁止され、火災で焼失した中村座?の再建は許されなかった。しかし、遠山景元は再建に尽力して、場所を移転するという条件で、幕閣に再建の許可をとったという。これに、歌舞伎関係者が恩を感じ、後々遠山の金さんのヒーロー伝説ができたと言う。ここまでは、歴史の話だが、現代でもこう言った現象は存在するだろうし、その媒介となっているのはマスコミであろうか。だから、私は自伝的なものは好きでない。書く人の見る角度によって、その人を良くも悪くも書けるからである。しかし、個人の感想にどどまるウチは害はないが、それが投票行動に結びつく現在では重要な問題だ。したがって、情報な携わる人は、個人であれ、組織であれ、恣意的な表現は避けるべきである。
ちなみに、後に失脚した水野忠邦の息子?は出羽山形藩5万石に転封となった。
捏造されたヒーロー、遠山金四郎 (小学館101新書 69)
■ 251025(土): 「地獄への道は善意の石畳で舗装されている」。「良かれと思って(善意で)やったことが悪の結果を生む」。・・・って、何かに書いてあった。
■ 251018(土): 古事記伝: これは本居宣長著で、通常は「こじきでん」読みなんだろうが、「ふることふみのつたえ」とも読むらしい。音読みはできるが、訓読みは出来ないなぁ。
■ 251011(土): 青森県南部: 某文献に「青森県南部」とあった。青森県は、津軽地方(西部)と、下北・上北地方(東部)にはわかれるだろうが、南部とういう方角名は腑に落ちない。とすれば、「南部」は「青森県の南部地方(南部藩の南部)」ではないかと推察されるが、それならば「青森県南部」ではなく「青森県の南部地方」の表現の方が腑に落ちる。
■ 251004(土): 銀行の利息を投資の配当と考えるのか?投資なら、返済義務はないような気もするが。
■ 251004: 十八番(おはこ): 「十八番」は「おはこ」とも読む。「とっておきの」あるいは「得意な芸」の俗称でもあるこの言葉は、団十郎家がもっとも得意とする十八種の狂言(台本)を箱入りで大切に保管していたことから起こったともいう。【逆説の日本史16 井沢元彦】
■ 250927: 大名証人制度: 大名証人制度(だいみょうしょうにんせいど)は、江戸幕府が大名およびその重臣から人質をとって江戸に住まわせた制度。大名の妻子は江戸に在住することを義務づけられ、家老クラスの重臣については、彼らの身内から交替で証人(人質)を提出させて江戸においた。大名本人のみならず家臣からも人質を取る必要があったのは、下克上の風潮が残る世で大名の妻子のみを人質としたのでは、その大名家で下克上が発生すると人質の価値が無くなってしまうためである。だそうだ。 > 大名家からの人質は知っていたが、その重臣からもとっていたとは知らなかった。
■ 250920(土): 無用庵隠居修行3(BS朝日)で、会津の二本松藩とあったが、福島県の中通りって会津なのか?
■ 250913(土): 保科正之を祀る土津神社って猪苗代町にあるのか。会津若松じゃないのね。
■ 250906(土): 中華文明の国では、身体に刺青を入れることは「人間以下」になることなのである。「身体髪膚これを父母に受く、敢えて毀傷せざるは孝の始めなり」と儒教の「『孝経』』にもあるように、これは儒教最大の道徳である「孝」に背く行行為。【出典:逆説の日本史15
井沢元彦著】
※ 現代においても、「タトゥー」に対する偏見?を緩和しようという意見も見られるようだが、例えば江戸時代には罪人は入れ墨を入れたとか、社会的に要因からそれを比定する意見も多い。中国でも南方「参考:呉越族」では入れ墨の文化があったらしく、また日本においても古代には入れ墨の文化があったともいう。価値観は、時代によってかわるものですね。
■ 250906: 闢異(へきい): これは、初めて目にした用語だ。その意味は?
・ 山崎闇斎著。寛永 19 (1642)
年撰。1冊。闢異とは正道を説いて、異端邪説を闢 (ひら)
く意で、当時横行していた異端の害を知りながら、堂々と反駁する学者がいないのを嘆いて、孟子が公都子の疑問に敢然と答えたのにならって破邪しようとしたもの。【出典:コトバンク】
■ 250830(土): 剣客商売の秋山小兵衛は田沼意次と仲が良かったし、無用庵隠居修行の日向半兵衛は松平定信と仲が良かった。主人公は善人だし、それと仲が良かった人も善人として描かれる事が多い。田沼意次と松平定信は同時代の人で、それぞれの立場から批判されがちだが、結局の所、100%善人などいないわけで、見る視点や視覚によって、善人だったり、悪人だったり、と言うことなんだろうね。現代でも同様かな。遠山の金さんや、水戸光圀も若い時は放蕩者だったらしいが、その時代を知る人から見ると2人とも悪人かも。暴れん坊将軍も同じかな。小説やドラマの主人公はいい所だけ誇張さるるし、アンチ派は悪い所だけ誇張する。
■ 250823(土): なんか、江戸時代の儒教をもとにした、士農工商の社会。今も生きているような気がする。経団連の会長や、自民党の支持母体なんかにもあらわれている。
■ 250809(土): 「小人の言説」が小説の語源なのかぁ。古来より冠に小がつくのは差別語に多い。小日本などがそうか?
■ 250809: 国際移住機関(国連IOM)が発行する「世界移住報告書」によれば、国際送金額は1280億米ドル(2000年)から8310億米ドル(2022年)と20年あまりで、なんと650%も急増。お金の世界的な移動が、加速度的に増えている。
その多くはより豊かな国で暮らす移民によって母国に送金される。
■ 250802(土): 「投機」という言葉は禅語(禅宗の用語)である。
・ とうき(投機): 仏語。禅宗で、修行者が仏祖の教えの要諦にかなって大悟すること。また学人(がくにん)の機と師家(しけ)の機とが一致すること。
■ 250729(火): 武蔵境駅: 武蔵国と相模国の境かと思ったが、そもそも位置が。単に「境村」という地名があり、駅名を付けるときに、当初は「境駅」としたが、他と混同するのをさけて「武蔵」を冠称したみたいね。
■ 250726(土): 「入谷」の地名: 入谷の地名って、台東区の他に足立区にもあるのか。台東区はなんとなくイメージがわくが、足立区の入谷はイメージがわかないなぁ。
■ 250726(土)
為替交換でも物々交換でもいいが、たとえば、
A国 金1=銀2
B国 金2=銀1
A国から銀2をB国に輸出して、B国で金4に交換する。金4をB国からA国に輸出して、A国で銀8に交換する。以下、繰り返し。現代の経済ではなりたたないが、江戸時代ならできたかも。もっとも、輸送費や手数料といったロスがあるから、永久エネルギー機関と同じで、机上の空論か?でも、現代ならオンライン決済が可能だから、コストは限りなく少ないが、だからこそ交換比率は実態に収束するんだろうが。
現代でいえば、日本円を豪ドルに変えて、豪ドルを米ドルに変えて、米ドルを日本円に変える。こんな為替差益ないかなぁ。以上、妄想。
■ 250723(水): 日秀(ひびり)。これも読めない地名だが滋賀県の方言と関係ある?
■ 250719(土): 城下(ねごや)。根古屋とは中世の山城の麓の居住地を意味する。まず、この地名は読めないのが普通。根古屋(ねこや)という地名は関東地方によくあるんだが、その意味の「山城の麓の居住地」=「城下」という漢字をあてて同じ読みにしたもの。日本の文化は複雑だね。
■ 250712(土): 「愛」「孝」「和」
・ 以前、シーズン中に外国人のプロ野球選手が、家族の病気で帰国したことが問題視されたことがあったが、これも日本特有の文化のせいかな。
・ たとえば、「アメリカ人は妻が病気になったら家に帰る(愛が大切)。儒教を基本とする中国人なら親が病気になったら家に帰る(孝が大切)。しかし、日本人は帰らない。それを社会の和を第一に考えるから(和が大切)。
■ 250705(土): 徳川三代将軍家光は二代将軍秀忠の子ではなく、家康の子である説。面白い。それを題材にした小説がありそう。日光東照宮には、家康と家光の廟はあるが秀忠の廟はないとか。秀忠の二男の秀長の秀は父の秀忠の秀を継承しているが、家光の家は家康の家を継承しているとか。歴史は面白い。
■ 250705: 為替(かわせ)の語源は交わす(かわす)?
■ 250628(土): 現代の、政治は、かつての新井白石の手法に似たり。先代の悪評高い(だれの評価?)貨幣改鋳にたいして、逆改鋳を行っては、経済の伸びしろに重しをするようなもんだ。新井白石は儒学者で、経済学者ではないからなぁ。
■ 250621: 服忌令( ぶっきりょう)。これは初見だ。
・ 服忌令(
ぶっきりょう): 近親者か死没した際に、喪に服する期間を定めた江戸幕府の法令。服は喪服、忌は紀で、年・節と同じく期間を意味する。ほかに、産穢・死穢など触穢に関する規定も付されていることが多い。文治政治を推進した五代将軍徳川綱吉は、儒者林鳳岡に・・・・・。【逆説の日本史14 井沢元彦】
■ 250614(土): 徳川三代将軍家光は二代将軍秀忠の子ではなく、家康の子である説。面白い。それを題材にした小説がありそう。日光東照宮には、家康と家光の廟はあるが秀忠の廟はないとか。秀忠の二男の秀長の秀は父の秀忠の秀を継承しているが、家光の家は家康の家を継承しているとか。歴史は面白い。家光の光は明智光秀の光という話も。
■ 250607: 皇帝は「三皇」、「五帝」に因む。五帝とは、「黄帝」、「帝せんぎょく」、「帝こく」、「堯」、「舜」。 > なるほど、そうなのか。
■ 250517(土): 茨城県笠間市を、茨城県笠岡市と記載してある文献が目立つ。笠岡市は、岡山県でしょ。
■ 250426(土): 曲学阿世(きょくがくあせい): 初めて見た用語だ。Googleによると「真理を曲げて世の人の気に入るような説を唱え、時勢に投じようとすること。」だそうだ。
■ 250419(土): 関ヶ原の戦いの際に、徳川秀忠軍はどうして、中山道を進軍したのだろうか?甲斐国経由の方が障害が少ないように思うが。それとも、上田城を落とすのも、目的のひとつだった?人数が多いから、主要街道の中仙道を進軍した方が進みやすいという考えもあるか。
■ 250329(土): 乱世が統一されれば戦争が終わる、じやなく、乱世が統一されれば、海外侵略に乗り出す、か。なるほど、日本は戦後に高度成長を達成して、国内で裕福になったから、海外侵略をしなくて済んだ?別の視点で言えば、現代の戦争ともいえる、経済戦争を行ったけどね。その、経済戦争も物からデジタルに形を変えてきたが、その戦争を勝ち抜けられるか?
■ 250329: 勝海舟に海軍の技術を伝承した、オランダの海軍士官のカッテンディーケは、日本人の最大の欠点は、町民など武士以外に国を守るという意識がないこと。戦国時代までは農民も武器をとって戦った。その後、信長が兵農分離を推進し、秀吉の刀狩と総武事例?によって、武士以外は武器を持たなくなって、争いのない日本の石づえになったと言う見方がある。しかし、刀伊の入寇に代表されるように、国を守る中心となるべき為政者(当時は公家)に国防意識がなかった。国軍を廃止したくらいだからねぇ。
■ 250318(火): 無名の師(むめい/むみょうのし)
・ この言葉、この年になって初見だよ。
Weblio辞書によると、「おこす名分のない戦争。特に仕掛けられる側だけでなく、仕掛ける側においても必要がなくかつ勝算が確定的でない場合に独裁的な指導者によってなされるものを言う。」だそうだ。一例としては「元寇」などがそうかなぁ。
■ 250305(水): 愚者は経験に学ぶ、賢者は歴史に学ぶと言うが、歴史は単なる経験の記録に過ぎない。記録は大事、と言うことで私はメモ魔。例えば、現在でも旧家や名家と言う家があるが、それは記録が残っているからに過ぎない。記録に残っていない隠れた名家は多いかも。そして、ひょっとして、皆さんの家もそうかも。
■ 250101(水): 史料主義?: 記録&史料。AさんはBさんの贈り物をありがたく受け取った。Bさんが帰ったあと、Aさんは贈り物をゴミ箱に捨てた。
記録や史料に残るのは、得てして前段だけで、後段は記録にも史料にも残らないことが多い。そこから生まれるのが、誤解なのかな?アンチコメントの多くも、こういった日本文化の表と裏を読み取れない場合に多く生まれそうだね。こういった、後段を読み取れる力が、日本で生きるためにも必要かもしれないし、その力を磨くのが勉学だと思う。話は変わるが、先ごろの、解剖体験の炎上事例も、解剖が悪いわけではなく、SNSへのアップの仕方に問題があるのだろうが、、、。