愛媛県内の諸藩
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■ 今治藩(愛媛県今治市)

・ 松平家3万5千石・譜代大名

・ 今治城は藤堂高虎が築いたが、藤堂家が伊勢・伊賀に転封となったのち、1635年に久松定房が3万石で入った。定房は定勝の子で、松山藩の定行の弟。

■ 宇和島藩(愛媛県宇和島市)

・ 伊達家10万石・外様

・ 伊達遠江守

・ 仙台藩伊達政宗の子の秀宗が大阪の陣の功績でこの地を与えられた。

・ 幕末の伊達宗城(むねなり)は明治時代に外国事務総督を務め、侯爵。宗城は旗本の二男として生まれ、宇和島藩主の伊達家の養子となった。

■ 大洲藩(愛媛県大洲市)

・ 加藤家6万石・外様

・ 1617年に加藤貞泰が米子から転じた。

■ 小松藩(愛媛県西条市)

■ 西条藩(愛媛県西条市)

・ 松平家3万石・家門・陣屋

・ 紀州藩の分家で、1670年に徳川頼宣の子の頼純が立藩した。頼純の子の頼致は、吉宗が将軍家を嗣いだのち、紀州藩主となった。

■ 新谷(にいや)藩(愛媛県大洲市)

・ 加藤家1万石・外様・陣屋

・ 大洲藩の分家。

■ 松山藩(愛媛県松山市)

・ 松平家15万石・家門

・ 松平隠岐守

・ 徳川家康の異父弟の久松定勝の家系。家康の母の於大の方は、実家の水野家が織田方に組したので離縁され、尾張国斯波家の家臣である久松俊勝と再婚し、三人の弟を産んだ。定勝の子の定行が1635年に松山に入封した。

■ 吉田藩(愛媛県宇和島市)

・ 伊達家3万石・外様・陣屋

・ 1657年に宇和島藩から分家。


【注意】転封などがあるため、藩主や石高には変化があります。ここでは一例を掲載しています。

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