阿倍仲麻呂
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■ 阿倍仲麻呂(あべのなかまろ): 698?ー770?年。717年に遣唐使として唐に留学した。科挙に合格して、唐の高官になった。玄宗皇帝に重用されて、李白らと交友した。帰国を志したが、船が難破して、帰国は叶わなず、長安で死去した。【出典】 

■ 阿倍仲麻呂は、上流貴族の出で、717年に唐に渡った。仲麻呂は、唐では朝衡(ちょうこう)と名乗り、学才を認められて唐の高官にまでのぼった。阿倍仲麻呂は李白などの唐の著名な詩人と交流して、玄宗皇帝の引き立てで唐の宮廷で重んじられた。しかし、仲麻呂は帰国を願って、引き止める皇帝を振り切って、753年に日本に帰国すべく遣唐使の船に乗った。しかし、仲麻呂の乗った船は南方に流され、仲麻呂は遣唐使の一行と唐に戻った。その後、仲麻呂は唐で客死した。【出典


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