山本五十六
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■ 山本五十六(やまもといそろく)【出典

・ 1884−1943年。享年60歳(戦死)。

・ 出身地: 新潟県。

・ 肩書き: 海軍軍人。

・ 山本五十六は、越後国(新潟県)の長岡藩士の子に産まれた。21歳で海軍兵学校を卒業。翌年に、装甲巡洋艦「日進」に少尉候補生として乗船し、日露戦争の日本海海戦に参戦したが、敵砲により左手の人差し指と中指を欠損した。その後、順調に昇進をかさねた山本は、30歳で海軍大学校に入学、さらに36歳で駐在武官になって、ハーバード大学に留学した。1939年に、山本は連合艦隊司令長官に就任したが、日米の国力の差を熟知していたため、対アメリカ戦回避を主張。アメリカを刺激する日独伊三国同盟にも最後まで反対したが、その甲斐無く翌年に太平洋戦争が太平洋戦争が長期化するなか、ラバウルから乗った航空機が撃墜されて戦死した。


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