| 高橋是清 | |
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■ 高橋是清(たかはしこれきよ)【出典】
・ 1854−1936年。享年83歳(暗殺)。
・ 出身地: 江戸。
・ 肩書き: 政治家。
・ 化橋是清は、絵師の子として江戸の芝に生まれた。アメリカ人医師のヘボンの塾(現明治学院大学)に学んだ後、14歳で藩命によってアメリカ留学にたった。苦学したが、渡米先で知遇を得た森有礼の計らいで、帰国後には文部省に入った。その後、農商務省、特許局長を歴任した高橋は、1892年に日本銀行に入行した。日露戦争の時に、戦費調達に手腕を発揮し、戦後は日銀総裁を務めた。その後、貴族院議員に当選し、立憲政友会に入党。山本権兵衛内閣以後、各内閣の大蔵大臣を連続して務めた。原敬が暗殺された後に、高橋は内閣総理大臣になったが、党内分裂によって政界を引退。しかし、1927年の金融恐慌で大蔵大臣に復活して、日本経済を世界最速でデフレから脱出させることに成功した。その後も大蔵大臣に再任されたが、軍事予算を抑制した理由で、青年将校に暗殺された(二・二六事件)。
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