「値嘉」の地名の由来
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■ 値嘉(ちか)の郷: 佐賀県東松浦郡玄海町今村(値賀村)

・ 郡の西南の海の中にある。烽の処は三所あり。昔、同じ天皇が巡幸されたとき、志式(ししき)島の行宮においでになって西の海をご覧になると、海の中に島があって烟が沢山にたなびいていた。お付き人の阿曇連百足に命じて見にやらせると、島が八十余りもあって、その中でも二つの島には島ごとに人がいた。第一の島は名を小近(をちか)といい、土蜘蛛の大耳が住み、第二の島は名は大近(おおちか)で土蜘蛛の垂耳(たりみみ)が住んでいた。その他の島にはみな人はいなかった。そこで百足は大耳らを捕らえて(天皇に)奏聞した。天皇は勅して罪を問い殺させようとした。すると大耳らは頭を地につけて、「大耳らの罪はまさに極刑に当たります。一万べん殺されたとて罪を消すには足りますまい。もし恩情を降し給わってまた生きることができますれば、御贄(みにえ・御用の食料の品)を造り奉り、いつまでも御膳にお供えいたしましょう」と述べた。・・・。さらに勅して「この島は遠くはあるけれども、なお近いように見える。近島(ちかしま)というべきである」と仰せられた。それで値嘉(ちか)島という。【出典

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