年寄
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■ 年寄(としより)

・ 室町時代中期以降、町や村などで指導的な立場にあったものの呼び方。町には町年寄、村には村年寄がいた。【コトバンクより】

・ 町年寄: 江戸の町人たちは、町という共同体をつくり、行政をになう町名主がおり、自治的に運営を行った。町名主は触(ふれ)の伝達、町人の訴願の取り次ぎ、人別調査の報告などを行った。一方、町全体(惣町・そうちょう)を支配する町役人として町年寄がいた。町年寄は奉行所からの触の伝達、商人などの統制、各種の問題に対する諮問や答申を担当した。【江戸のうんちく 社会と生活 大石学 角川ソフィア文庫】

・ 江戸以外の京、大坂、堺などの幕府の直轄地の町役人は、毎年正月に江戸に出て、江戸城で将軍に謁見した。【江戸のうんちく 社会と生活 大石学 角川ソフィア文庫】

・ 江戸の町年寄の樽屋藤左衛門は三河以来の徳川家康の家臣。三方原の合戦や長篠合戦で手柄をたてた。長篠合戦の時に、自分で造った小さな樽に桔梗の花を入れて、桔梗の紋のついた盃をそえて家康と信長に捧げた。そのため、家康から「樽」の名を賜った。

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