「築地」の地名の由来
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■ 築地(つきじ): 東京都中央区築地

・ 摂津国佃村から江戸(佃島)に移住した漁民が本小田原町に売り場を開いたのが日本橋魚河岸の始まり。日本橋魚河岸は関東大震災で被災して築地に移転した。

※ 「佃」とは

・ 築地鉄砲州と言われた現在の聖路加病院の所には、豊前松平家の屋敷があった。藩医の前野良沢杉田玄白は有名。また、邸内では福沢諭吉が慶應義塾の前身の蘭学塾を開いた。明治維新後の築地は居留地となり、ミッション系の学校が次々にできた。「明治学院」「青山学院」「立教」「双葉学園」など。

・ 明暦3年(1657年)の大火後に、木挽町の先の海を埋め立てて造成したので「築地」とした。

・ 1658年に、木挽町の海の方を埋め立てて土地を築いたことによる。【東京23区の地名の由来 金子勤 幻冬舎】

・ 万治元年から徐々に埋め立てられた。【江戸東京地名辞典 芸能・落語編 北村一夫】

# 築地(つきじ): 東京都。築地が生まれたのは1657年の明暦の大火の後。大化のために江戸の町の過半は灰燼にきしたが、焼け残った瓦礫や残土を処理して復興に着手するため、1658年から当時は江戸湾に面した木挽町の地先が埋め立てられた。沼や海を埋立てて築いた土地は築地と称されたが、そのまま地名になった。【出典

※ 今度、築地市場が豊洲に移転して豊洲市場になるのか?豊洲も埋立造成地なんだから、地名は豊洲でも「築地市場」でいいんじゃないか?「築地(つきじ)」のブランドは偉大だ。一歩譲って「新築地」(笑)

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