埼玉県内の「成田」の名字の詳細
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■ 成田(なりた): 埼玉県の成田家

# 埼玉県の成田家: 武蔵国忍城主。小田原の北条家に従っていたが、小田原落城後に下野国烏山3万7千石に転じたが、1622年に跡継ぎがおらず断絶。 

# 武蔵国戦国大名藤原北家で、行成の弟の忠基が武蔵守となって埼西郡に土着。四代の道宗の頃には幡羅郡まで勢力を広げ、助高のときに成田郷上之郷(埼玉県熊谷市上之)に居館を構えて成田氏を称したという。ただし、武蔵七党の横山党の出という説などの異説もある。南北朝時代に没落したのち、文明年間頃に顕泰が忍城(埼玉県行田市)を築いて転じ、子の親泰の代には戦国大名に発展し、上杉氏に従った。その子の長泰は上杉氏から離れ、その子の氏長は天正18年(1590年)の豊臣秀吉小田原攻めでは小田原城に籠城した。忍城は叔父の泰季が守ったが、石田三成の水攻めで開城。氏長は翌19年に下野国烏山城主になって、関ヶ原の合戦後には長忠が東軍に属して引き続き烏山を領した。【出典】 

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