三重県内の諸藩
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■ 亀山藩(三重県亀山市)

・ 石川家6万石・譜代大名

・ 1744年に備中松山から入封。

・ 石川数正の従兄弟の康通が、江戸時代大垣藩主になったのを祖とする。

■ 桑名藩(三重県桑名市)

・ 松平家11万石・家門

・ 松平越中守

・ 1823年に久松松平家が白河から入封。伊予松山藩の分家。

・ 戊辰戦争における桑名藩の死者は109人。【江戸300藩の意外な「その後」 日本博学倶楽部 PHP研究所】

■ 神戸藩(三重県鈴鹿市)

・ 本多家1万5千石・譜代大名

■ 菰野藩(三重県菰野町)

・ 土方家1万1千石・外様・陣屋

■ 津藩(三重県津市)

・ 藤堂家32万3千石・外様

・ 藤堂和泉守

・ 近江国犬上郡甲良の出で、近江源氏の佐々木氏の支流。

・ 藤堂高虎: 津藩の藩祖。藤堂高虎は人心をうまくつかむ術にたけていたという。

・ 鳥羽伏見の戦いが勃発したとき、津藩は要衝の山崎を守っていた。守将の藤堂采女は独断で官軍に組することを決定。【江戸300藩の意外な「その後」 日本博学倶楽部 PHP研究所】

■ 鳥羽藩(三重県鳥羽市)

・ 稲垣家3万石・譜代大名

・ 1725年に下野国烏山から入封。

■ 長島藩(三重県桑名市)

・ 増山家2万石・譜代大名

・ 1702年に常陸国下館から増山家が入封。

・ 増山(ましやま)正賢(まさかた): 伊勢国長島藩の五代藩主。「雪斎」を号した。虫が好きで昆虫図鑑をまとめた。1754年に江戸藩邸で生まれた。1702年に常陸国の下館から増山正弥が2万石で入封し、幕末まで続いた。正賢は藩校の「文礼館」を作った。

■ 久居藩(三重県津市)【久居の地名

・ 藤堂家5万3千石・外様

・ 津藩の藤堂家の分家。

・ 藤堂高通(たかみち): 伊勢国久居藩主で藤堂高虎の孫。俳諧大名と言われた。16歳で従五位佐渡守に任ぜられた。


【注意】転封などがあるため、藩主や石高には変化があります。ここでは一例を掲載しています。

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