大名
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■ 大名

・ 武士のルーツの一つといわれるものに、「名主(みょうしゅ)」がある。かつては「田堵(たと)」と言っていたそうだ。「田堵」は「田頭」とも書き、「田のほとり」という意味で、10〜11世紀頃から荘園領主の田地を請け負って耕作する者をあらわした。これらの中で規模が大きなものを「大名田堵」または「大名」と呼び、後に「守護大名」や「戦国大名」として使われるようになる。 【日本の歴史がわかる本 小和田哲男 知的生きかた文庫 三笠書房】

※ 今までは「大名主」から転じたものかなと思っていたが、なるほどねぇ。

# 小名: 5万石以下の領主(藩)や、4千石以上の旗本御家人をいう場合もあった。【超簡単!参勤交代 ビヨンドブックス】

# 譜代大名: 古くから徳川家松平家)に仕え、江戸時代になって1万石以上の領地を有した大名を「譜代大名」という。【譜代大名126家「勝ち組」の出世競争 榎本秋 晋遊舎新書】

■ 譜代大名の定義

・ 古くから徳川家松平家)に仕え、江戸時代に大名であった諸家を譜代大名という。【譜代大名126家「勝ち組」の出世競争 榎本秋 晋遊舎新書】

・ 寛永12年(1635年)の「武家諸法度」において、「徳川家一門の歴々、一万石以上の石高を持つ国主及び城主」と決められた。【譜代大名126家「勝ち組」の出世競争 榎本秋 晋遊舎新書】
※ ただ、城主未満の陣屋組の大名もいたんだよなぁ。

■ 江戸城の殿席(でんせき)
・ 大名の家格によって、控えの間が分けられていた。「大廊下」「溜間」「大広間」「帝鑑間」「柳間」「雁間」「菊間縁頬」。
@ 大廊下(おおろうか)上之部屋: 松の廊下に沿って設けられ、最も格の高い殿席で、主に御三家が使用した。
A 大廊下(おおろうか)下之部屋: 御三家以外で特別の待遇が与えられた大名の殿席。加賀の前田家、薩摩の島津家など。
B 溜間(たまりのま): 臣下に与えられた最上級の殿席。会津の松平家、高松の松平家、彦根の井伊家
C 大広間(おおひろま): 御家門と有力な外様大名の殿席。
D 帝鑑間(ていかんのま): 古参の譜代大名の殿席。
E 柳間(やなぎのま): 外様大名の殿席。
F 雁間(かりのま): 譜代大名(城主格)の殿席。
G 菊間縁頬(きくのまえんきょう): 譜代大名(陣屋格)の殿席。
【譜代大名126家「勝ち組」の出世競争 榎本秋 晋遊舎新書】

■ 大名の江戸屋敷における諸経費は藩の収入の3割にものぼったという。
・ 出雲国松江藩は越前の松平家の分家。明和年間の資料では、江戸の経費は藩の収入の3割を占め、金額にして3万5千両(56億7千万円)。【江戸の長者番付 菅野俊輔 青春出版社 ・ 1両:約16万2000円で計算 】

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