| 「太刀洗」の地名の由来 | |
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■ 大刀洗(たちあらい): 福岡県三井郡大刀洗町
・ 南北朝時代の1359年に、この地に「筑後川の戦い」が起こった。激戦の中で肥後の武将の菊池武光は傷を負い、味方も見えない状態で、ボロボロになって血塗られた太刀を一人、川を洗ったという伝説がある。【出典】
・ 正平14年の大保原の合戦の際、菊池武光が血刀を洗ったという伝承に因む。なお、大刀洗の表記は、明治22年の太政官符によるもの。太刀洗の表記も見られる。【出典】
・ 西太刀洗駅(にしたちあらいえき): 福岡県三井郡大刀洗町大字山隈。甘木鉄道。
・ 太刀洗駅(たちあらいえき): 福岡県朝倉郡筑前町高田。甘木鉄道。菊地武光が戦いに勝ってのち、血刀を洗ったところという。正平14年(1359年)に筑後川の戦いに因む地名。【出典】
・ 太刀洗駅(たちあらいえき): 福岡県朝倉郡筑前町高田。甘木鉄道(甘木線)。大刀洗町の越境駅。駅名は、南北朝時代の大保原の合戦(筑後川の戦)で、血糊のついた刀を小川(大刀洗川)で洗ったことに因む。【出典】
・ 町名は「大刀洗町」で、駅名は「太刀洗駅」。
・ 大刀洗(たちあらい): 「大刀洗町」は三井郡ににある町。本来は「太刀洗」であったが、明治22年(1889年)の町村制の施行の際に、村が「太刀洗村」と申請したが、「大刀洗村」と官報に掲載されてしまったことによる。「太刀洗」の地名は、地形説では説明不能で、間違い無く以下のような歴史的事実背景があったと考えられるべきである。時は南北朝時代の天平14年(1359年)のこと。この地に「大保原の合戦」が起こった。後醍醐天皇が流された隠岐を脱出して、南朝を樹立したのは暦応2年・延元4年(1339年)のことだが、天皇は当時まだ10歳に満たない懐良親王を将軍として立てて九州に送り出した。そのうしろ盾になったのが菊池武光であった。菊池氏は、中世の肥後国の武将として知られ、中でも菊池武光は大宰府を占領するなど菊池氏の全盛期を築いた。その菊池武光が大川をはさんで少弐氏と戦ったのが、大保原の戦い。激戦の中で、武光は傷を負い、味方も見えない状態で、ボロボロになって血塗られた太刀を一人川で洗ったという伝説が残るのがこの地であった。そこから、戦場になったこの川を「太刀洗川」と呼ぶようになり、その地域を「太刀洗」と呼ぶようになった。【出典】