「門司」の地名の由来
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■ 門司(もじ): 福岡県北九州市門司区

・ 「門を司る」関所のことで、古来、海上を走行する舟を監視していた。文献上の初見は、延暦15年(796年)の太政官府にある「豊前門司」で、「文字」「文司」「毛字」などとも書かれた。【出典

・ 「門司」とは、「門を司る関所」のことで、古来、海上の往来をチェックする機能を果たしていた。【出典

・ 門司駅(もじえき): 福岡県北九州市門司区中町。JR西日本・山陽本線鹿児島本線。下関の対岸、九州の北端、関門海峡の関門を司る役職から出た地名。昭和17年(1942年)に大里(だいり)駅を改名。オオサトを音読みしたもので、かつての門司市は「大きな集落」だったということ。【出典

・ 門司港駅(もじこうえき):福岡県北九州市門司区西海岸。JR九州・鹿児島本線。かつての門司駅。大化元年(645年)に、今の和布刈(めかり)神社付近に「文字が関」がおかれ、九州地方を統率した大宰府への第一の関所となった。のちに、門司に改められた。【出典

・ 門司駅(もじえき): 大里駅(だいりえき)→門司駅。鹿児島本線。旧駅名の大里村付近は、潮流の速い早鞆の瀬戸より、流れが緩いため、渡海地として古くから利用された。古くは柳ヶ浦という地名であったが、都を追われた平家がここに安徳天皇を擁して「柳の御所」を設けたことから、「内裏(だいり)」と呼ばれるようになった。江戸時代までは、内裏村・大里村のどちらも使われた。【出典

・ 門司(もじ): 旧福岡県門司市。その後、小倉・若松・八幡・戸畑市と合併して北九州市へ。【出典】 

・ 門司(もじ): 昭和38年(1963年)の5市合併によって、北九州市の「門司区」になった。地名の初見は、延暦15年(796年)11月大宰府管府にある「豊前門司」とされる。これによると、瀬戸内から大宰府に向かう際の勘検が行われていたと思われる。つまり「門司」とは、「門を司る関所」のことで、そこにおいて海上の往来をチェックする機能を持っていたということ。【出典

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