「へ」の由来
参考資料・文献 利用上の注意
名字の由来のTop 地名の由来のTop
名字と地名のMenu ワンポイントのTop

スポンサーリンク
スポンサーリンク

■ 130515: 「へ」の由来

 岩手県と青森県の県境付近に「戸(へ)」のつく地名が見られる。「一戸」「二戸」・・・「九戸」などである。またそれらの地名を由来とした「一戸」氏、「二戸」氏、「九戸」氏などの名字がみられる。

  さて、そこでであるが、この「戸」ってなんだろう?

・ 「戸」は「戸籍」の「戸」であり、「一戸=一軒」というように、家屋の数を表す。しかしそれを「一戸・・九戸」にあてはめると、何となく妙だ。「1戸」の集落なんておかしいですよね。

 そこで角度を変えて考えて見よう。

・ 平安時代に京に住んで戸籍を有する人を京戸(きょうこ)といった。京戸は京に敷地を与えられたが、その広さは条坊制による「一町の三二分の一」でこの単位を「一戸主(いちへぬし)」といい、約300平方メートルと言われた。

※ あくまでも私見ではあるが、「戸」の由来はここから来ているのではないだろうか?もっとも地名の名付けられた年代がわからないので何とも言えないが。

※ ところで、岩手県二戸郡一戸町の面積は「面積: 300.1 km2」だそうだ、「一戸主(いちへぬし)」の広さは約300平方メートルだから、単位は違えど、なんて偶然の一致なんだ。

※ さて、ここで本家の「一戸町」のホームページを見てみると、「一戸の由来は諸説ありますが、平安末期から名馬の産地として名が知られ、その牧場を一から九の戸に分けられたことからといわれています。」とのことです。
あぁ、読みははずれたか。しかし、諸説の中に入っているかもしれないなぁ。
そもそも、こうやって推理するのって、下手な推理小説を読むよりも面白い。

# ちなみに、陸奥国糠部郡には蝦夷から守るために周囲に柵を設けて東西南北に「門(かど)」を設けた。後にこの中で馬を飼うために「一〜九」までの番号をふったそうだ。これを四門(しかど)九戸制と言った。

※ なお「戸(と)」という名字もあるようで、新潟、富山、愛知にわずかに点在するようです。

統計表示