名字と地名の独り言
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■ 180220: 「そだねー」って北海道弁か。今年の流行語入りなどという話も出ているね。

■ 180216: 振袖火事において大奥で失踪した?甲斐国の谷村藩主の秋元富朝の跡を継いだ、養子の喬朝は後に老中となった。
※ 失踪とは穏やかな表現ではないが、火事のどさくさで行方不明ということではないのだろうか?

■ 180210:  日本列島に稲作農民が渡来し、北九州の遠賀川や筑後川の河口で稲作を始めたのは、今から2000年前で。4〜500年で南関東まできた。集団で助け合いつつ耕作ができて、貯蔵が可能な米が作られるようになって、初めてムラが生まれた。【海の邪馬台国 邦光史郎】

■ 180210: 縄文人は、ウルム氷河期のころ、沿海州に住むツングースの一派が、まだ凍り付いている間宮海峡を渡って樺太(サハリン)、さらに北海道に渡ってきたものと思われる。【海の邪馬台国 邦光史郎】

■ 180129: 板谷峠に残る大野九郎兵衛の墓
作られたのは明和6年(1769年)。これを含めて、大野九郎兵衛伝説は東北地方に多く残るらしい。【名家老列伝 組織を動かした男たち 童門冬二 PHP文庫】
※ 大野九郎兵衛の墓は板谷峠に残ってるのか。まぁ、信憑性は別として、東北地方南部に大野九郎兵衛伝説が多く残っているらしいから、なんかあるんだろうね。

■ 180118: 天武14年(685年)の詔に「諸国に、家毎に、仏舎を作りて、乃ち仏像及び経を置きて、礼拝供養せよ。」というのがある。それに呼応して、各地に寺が作られた。郡司氏族によって盛んに作られた寺を郡寺という。【日本の古代道路 道路は社会をどう変えたのか 近江俊秀 角川選書】

■ 180116: 地名を復活しても、出費はあっても金銭的には儲からないので、なかなか進まない。【地名の楽しみ 今尾恵介 筑摩eブックス】なるほど2。

■ 180116: 地名は無形遺産と同時に日用品。【地名の楽しみ 今尾恵介 筑摩eブックス】なるほど。  

名字と地名の独り言2017

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