山県有朋
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■ 山県有朋(やまがたありとも)【出典

・ 1838−1922年。享年85歳(病死)。

・ 出身地: 長門国。

・ 肩書き: 長州藩士、軍人、政治家。

・ 山県有朋は、長州藩の下級武士の長男として生まれた。21歳で松下村塾に入門、26歳で高杉晋作の奇兵隊に参加し、軍監に就いて隊の実権を握った。戊辰戦争では北陸と会津の担当の征討総督の参謀となった。明治政府では、軍制改革を担当。軍を陸海軍に分け、徴兵制を取り入れ、1882年には軍人勅諭を発し、天皇が軍の統帥権をもつことを明示した。1889年に内閣総理大臣に就いた。


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