中浜万次郎
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■ 中浜万次郎(なかはままんじろう)【出典

・ 1828−1898年。享年71歳(病死)。

・ 出身地: 土佐国。

・ 肩書き: 通訳、教師。

・ 家紋: 丸に三つ星紋。

・ ジョン万次郎として知られる中浜万次郎は、土佐国の半農半漁の家の次男として生まれた。15歳で漁の途中に遭難し、無人島(鳥島)で五ヶ月近く生活したのちに、アメリカの捕鯨船に救われた。万次郎は渡米を希望し、船長は賢い万次郎を気に入って、自分の養子にした。万次郎は、英語、数学、測量、航海術、造船技術を学んで、捕鯨船員になったが、やがて日本帰国を決めた。日本は鎖国中だったため、長期にわたる尋問にあったが、入国を果たした。薩摩藩主の島津斉彬に認められて、英語教師、造船技術講師として用いられた。ペリーの来航で、アメリカの知識を必要とした幕府は、万次郎を招聘した。 

■ ジョン万次郎: 漁の最中にナンパしてアメリカの捕鯨船に助けられた。そのためアメリカ人からは、助けた船に因んで「ジョン・マン」と呼ばれた。帰国後は中浜万次郎を名乗った。【出典


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