平氏
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★ 天長2年(825年)に桓武天皇の孫である高棟王が「平(たいら)」の姓を与えられ、「平高棟」となる。


■ 平氏(へいし) → 代表家紋

・ 臣籍降下によって名乗った氏で、「桓武平氏」「仁明平氏」「文徳平氏」「光孝平氏」の四流からなるが、「桓武平氏」が有名。

■ 伊勢平氏(いせへいし)

・ 平貞盛の四男平維衡よりはじまる平氏一族。

■ 桓武平氏(かんむへいし)

・ 第50代桓武天皇の子・葛原親王、万多親王、仲野親王及び賀陽親王の子孫。

・ 桓武天皇の曾孫の高望王に始まり、高望の子の国香、良将、良文、良茂の系統が栄えた。

・ 桓武平氏は公家平氏の高棟(たかむね)流と武家平氏の高望(たかもち)流に分かれる。

・ 高望は上総介という地方官として関東に土着。

・ 桓武天皇の曾孫の高望(たかもち)王は、889年に宇多天皇の勅命で平姓を賜って臣籍降下した。898年に上総介に任ぜられた。

・ 常陸、下野、上野は親王が国守のため、二等官の介が事実上のトップ。

・ 平国香は高望の長男で常陸国真壁郡石田荘を本拠地とした。

・ 公家平氏: 交野(かたの)家、西洞院(にしのとういん)家

・ 武家平氏の棟梁は伊勢平氏の平正盛(まさもり)。正盛の孫が清盛。

・ 上杉謙信の出の長尾氏は、千葉氏上総氏三浦氏とともに坂東八桓武平氏のひとつ。

・ 後三年の役に従軍した村岡為通は相模国三崎荘の領主となり、勢力を三浦半島全域に広げて、三浦為通を称した。

・ 高棟(たかむね)流: 桓武天皇の孫の高棟王の子孫。葛原親王の子の高棟王が天長2年(825年)に、叔父にあたる淳和天皇から平姓を賜って臣籍降下した。この子孫は主に公家になり、西洞院(にしのとういん)、平松、石井(いわい)、長谷(ながたに)、交野(かたの)などがでた。【名字でわかるあなたのルーツ 森岡浩 小学館】

・ 高望(たかもち)流: 高棟王の甥の高望王の子孫。寛平元年(889年)に高望王が平姓を賜って臣籍降下した。平高望は上総介となって上総国下向して土着し、武家となり、一族は板東平氏と呼ばれた。板東平氏の平貞盛の子の維衡(これひら)が伊勢国に転じ伊勢平氏と呼ばれた。以後、桓武平氏の嫡流は伊勢平氏となり、朝廷に仕えて「平家」と呼ばれた。その後、伊勢平氏からは平清盛がでたが、源氏によって滅ぼされ平家の嫡流は滅んだ。【名字でわかるあなたのルーツ 森岡浩 小学館】

・ 千葉氏の一族: 相馬、武石、大須賀、国分、東(とう)。他に、原、鏑木、木内、椎名、臼井、円城寺、匝瑳(そうさ)、石出、海上(うながみ)、岡田、風早など。【名字でわかるあなたのルーツ 森岡浩 小学館】

・ 三浦氏の一族: 津久井、芦名、岡崎、真田(信濃の真田氏とは別流)、土屋、和田、朝比奈、佐原、横須賀、正木などがある。【名字でわかるあなたのルーツ 森岡浩 小学館】

・ 大掾氏の一族: 多気、石毛、小栗、行方(なめかた)、鹿島、馬場、税所(さいしょ)、栗崎、島崎など。【名字でわかるあなたのルーツ 森岡浩 小学館】 

■ 平将門(たいらのまさかど)

・ 平将門の本拠地は下総国猿島(さしま)郡。

■ 坂東平氏(ばんどうへいし)

・ 臣籍降下した平高望が上総介に任じられ坂東に下向し土着したことに始まる一族でいわゆる武家平氏。

・ 板東八平氏: 「千葉」「上総(かみつふさ)」「三浦」「土肥」「秩父」「大庭」「梶原」「長尾」。

・ 板東平氏: 源平の合戦は、源氏対平氏と争いのようにみえるが、実際は源氏についた板東平氏と伊勢平氏との覇権争いともいえる。因みに源頼朝の妻(北条時子)の実家の北条氏は板東平氏。
 主な板東平氏: 相馬、千葉、三浦、大掾(だいじょう)、梶原、秩父、畠山、渋谷、土肥、大庭(おおば)、岩城。その中で千葉氏、三浦氏、大掾氏が栄えた。【名字でわかるあなたのルーツ 森岡浩 小学館】

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