川に対する古いアイヌの考え方
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■ 川に対する古いアイヌの考え方

「アイヌ語入門-とくに地名研究者のために- 知里真志保 北海道出版企画センター」によると、古代のアイヌでは「川を生き物」ととらえていた。

また、一般には川は源流に始まり、多くの支流が合流(落合)して本流となり海に注ぐという概念だが、アイヌでは逆に、海に始まり陸に上がって、いくつにも分かれ、村の側を通って山の奥に入り込む生物ととらえられていた。したがって、川の合わさり目は「合流」ではなく「分岐」と考えられていた。そして、源流は川の帰着点として、「ペテトク(川の行き先)」や「ペッキタイ(川の頭のてっぺん)」という表現をしていた。

この考え方の違いは、いろんなところに存在する。

たとえば、新潟から関越道で東京に向かう場合には、群馬県の藤岡JCTで上信越道と合流して東京方面に向かう。しかし東京から関越道で新潟に向かう場合には、同じく群馬県の藤岡JCTで上信越道を分岐して新潟方面に向かう。さて、そうすると藤岡JCTは合流点か分岐点か?まぁ、専門的には定まった表現があるのだろうが、われわれの日常においてはどうでもいいだろう。強いて言えば、その人の立ち位置によって「合流点」でもあり「分岐点」でもあるのだろう。

最近のニュースサイト(政治の場も?)のコメント欄をみると、それぞれの立ち位置によって様々なコメントがみられる。それはいいだろう。しかし、中には自分の立ち位置を唯一の物として固執して、反対の意見の人に対して攻撃的になる傾向が垣間見られる。そういったときに思い出すのは、「お化け煙突」である。実態は同じでも、立ち位置によって異なって見えることの典型と考えている。世の中には、1本に見えたり4本に見えたりすることは多く存在するのである。

そんななか、今朝のニュースで興味をもったのが、「東海道山陽新幹線」から喫煙車がなくなるという記事であった。個人的には「いいことだ」と感じたし、実際喫煙車は空席が目立つそうで乗客のニーズから乖離しているのだろう。しかし、それにたいして非喫煙者から反対のコメントがあった。重ねていうが、非喫煙者からですよ。最初は、何故?と思ったが、読んでみると「なるほどなぁ」の一言である。それはこうである。喫煙車はなくなるが、デッキの喫煙室は存続するのだそうだ。そうすると、そこで喫煙してきた人が車内の戻ってきて隣に座られれば、タバコの臭いがきついということなのだそうだ。まぁ、私もタバコの臭いはチト苦手なんだよなぁ。そういえば、あのスーパーの入口の「喫煙所」、どうなったかな?いつも出入りの際に煙を浴びていたものなぁ。

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