民俗学
参考資料・文献 利用上の注意
名字の由来のTop 地名の由来のTop
名字と地名のMenu 民俗学のTop
スポンサーリンク
スポンサーリンク

■ 災害の伝承

■ 「民俗学への招待 宮田登 筑摩eブックス」を読んでおります。そのワンポイントをボチボチと書いてみましょう。

# 民俗学の四大人: 「柳田国男」「折口信夫」「南方熊楠」「渋沢敬三」

# 「コメ(米)」: 古代、日本におけるコメ(田んぼ)は水田ではなく「陸田」であった。「コメ」が日本列島にどこから伝来したかはさておき、国内では九州から北に向かって広がってきたとされる。しかし、これだけ広い日本列島、コメにまつわる文化はそれぞれによって異なるようです。
・ 米の食べ方は概ね、「餅」と「飯」に分けられる。地域による「飯」の文化の違いはそうみられないが、「餅」の文化の違いはそれぞれの地方に残っているようだ。「力餅」「鏡餅」なんかが代表的か。
・ 古代には、「餅が白鳥に化する話」が語られており、餅は精霊のこもる依代(よりしろ)と思われていた。

■ 福井県の丸岡町に「毒消しの松」という古木があった。この松の木の周囲をめぐると、毒蛇にかまれてみ必ず治ると言われ、信者がお参りに来る。昔、女人が縁側で髪をといていると、蛇が昇天する妨げになるからやめてくれと頼んだので、髪をとくのをやめると、大蛇はお礼に、毒蛇に咬まれたら、その毒を消すと約束したという。

【参考図書】

# 民俗学への招待 宮田登 筑摩eブックス 


■ 常陸国風土記に、崇神天皇の時代に、鹿嶋大明神に「馬一疋」を奉ったとあることから、古代には「生馬献上」の風習があったことがうかがわれる。後に、絵馬に転じたんだよな。神田明神だったかなぁ、生きている馬がいるの。【天災と日本人 − 地震・洪水・噴火の民俗学  畑中章宏 ちくま新書】

■ 彦倉虚空蔵尊「延命院」がある埼玉県三郷市彦倉ではいまでも鰻を食べない人がいる。
・ 秋の大雨が数日続き、古利根川(中川)が増水して堤防が決壊し、付近の民家は床上まで浸水した。助けを呼ぶ声がするので探してみると、子供や老人が丸太のようなものに乗ったり、つかまったりしていた。しかし、それは丸太ではなく鰻の大群が縄のように寄り集まり、人の身体をながれないようにしていた。この恩返しのため、助かった人達は鰻を食べないと誓った。【天災と日本人 − 地震・洪水・噴火の民俗学  畑中章宏 ちくま新書】

■ 甲府盆地も大昔は湖だった。そこに根裂(ねさく)の神、磐裂(いわさく)の神が現れ、南山の岩を切りあけて湖水を駿河の海に通じるようにした。それは、養老年間に甲斐を訪れた行基菩薩によるともいう。【天災と日本人 − 地震・洪水・噴火の民俗学  畑中章宏 ちくま新書】

■ 濃尾平野の輪中、水屋。多摩川流域では「水倉(みずくら)」、利根川や荒川流域では「水塚(みずか、みずつか)、淀川流域では「段蔵(だんぐら)」と呼ばれた。【天災と日本人 − 地震・洪水・噴火の民俗学  畑中章宏 ちくま新書】 

スポンサーリンク
スポンサーリンク
統計表示