滋賀県
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■ 滋賀県の名字の特徴 ・ 滋賀県の代表家紋 ・ 滋賀県の地名集

# 旧近江国

# 滋賀県: 「シガ」は砂州や低湿地の意味。琵琶湖沿岸の低湿地から。アイヌ語では「大きな崖上」を意味する。
* 他説: 大津市が属していた古来の郡名に因むという説もあるようだ。また、「石の多い所」を意味する「石処(しか)」に由来するとも言われる。
・ 日本書紀では志我の表記。そのほか、「志賀」「志加」「志何」の表記がある。

# 滋賀県の滋賀はもとは志賀(郡)。志賀といえば福岡市の志賀島で安曇族の本拠地といってもいい。おまけに滋賀県には安曇川もあるし、滋賀県は安曇族由来に認定。
 その他に、安曇族の痕跡は長野県安曇野市、石川県志賀町、愛知県渥美半島などにその名を残す。静岡県の熱海もそうだという説もあるが、山形県の温海はどうなんだろう?
 ちなみに安曇族は海洋民で、唐と新羅の連合軍の戦って敗れた白村江の戦いで滅びたんだったかな?そのときの司令長官が安曇比羅夫(あすみのひらふ)。ちなみに、海部元総理で有名な海部も海洋民。
 安曇氏はどの経路で安曇野に来たのか?新潟県の姫川説と愛知県の木曽川説があるが、個人的には姫川説に1票。

# 勤勉で柔軟性が高いが智恵が働き過ぎて独走する傾向がある。新しいものに敏感で様々な工夫をこらした仕事をするが、自己中心的な面もある。【知っておきたい日本の県民性 武光誠著より】

# 「出身県でわかる人の性格」によると: 「先見性があり実直 ただし県内では力が発揮されず」。「情報に敏感な近江商人の伝統」「信仰心は厚いが、因習にはこだわらない」

# PRESIDENTの「県民性の法則」で、人付き合いの達人になる、によると:
男性: 部下は、性格は暗いが、真面目で勤勉。上司は頭が切れて行動力も抜群。
女性: 部下は軽そうに見えても結構生真面目。上司は地道な努力を続けられるタイプ。

# 出世・結婚・お金は「県民性」で9割決まる(PRESIDENT+PLUS 2009年12月28日)によると、滋賀県人は「『守銭奴』呼ばわりされる堅実さと、勤勉さは今も健在。」だそうで、金持ち度は★★★★★。
※ 男女とも、相手の不倫は絶対に許せないという道徳観念の強い人が多い。
・ 男: リーダーシップ度★★★、真面目度★★★★★、創造性度★★、恋愛上手度★★★。
・ 女: リーダーシップ度★★、真面目度★★★★、創造性度★★★、恋愛上手度★★★。

# 地方交付税(総務省「平成14年度」データ: 1360億円(依存度49.5%・全国31位)

# 滋賀「地理・地名・地図」の謎 じっぴコンパクト新書
・ 湖は河川が運んでくる土砂で埋まるため、その寿命は数千年から数万年といわれる。しかし、なかには数十万年の寿命を持つ湖もあり、それを古代湖といい世界に20個ほどと言われ、琵琶湖もその一つ。琵琶湖の先祖は約400万年前に三重県の伊賀地方にできた数キロ四方の「大山田湖」。「大山田湖」はいったん埋まるが、300万年前に北の方角に「阿山湖」ができ、270年前にそのまた北に「甲賀湖」ができた。260〜180万年前に蒲生沼沢群ができる。その後、約40万年前に琵琶湖の原型ができた。
※ 琵琶湖は移動しているという話は前から知っていたが、一つの湖が移動しているという概念とはちょっと違うんだね。そうか、古代湖か。
・ 琵琶湖に流れ込む川は450、流れ出る水路は2(瀬田川・琵琶湖疎水)。
・ 敦賀〜琵琶湖間の運河計画、平清盛に始まり、秀吉、家康、加賀藩と計画されたらしいが、やはり難しかったようですね。
・ 琵琶湖八景かぁ、初めて聞いた言葉だ。あら、琵琶湖には島が4つあるのか。竹生島しか知らなかった。近江八幡市の沖島には約300人住民が住み、日本で唯一の淡水湖にある有人島らしい。おまけに、ここの人たちは保元平治の乱で落ち延びた源氏の7人の落ち武者の子孫とか。
・ なんだって、邪馬台国の近江説だって?初耳。神功皇后の出生地が近江国説も。近江国坂田郡息長(おきなが)村(滋賀県米原市)を本拠とした息長氏の出だったらしい。金太郎も息長氏の出?坂田金時は近江国坂田郡布施郷(滋賀県長浜市)の生まれか。足柄山だから相模国だと思ってた。
・ 平成16年に甲賀郡の水口町、土山町、甲賀町、甲南町、信楽町が合併したときに新市の名前を公募したが、候補には「甲賀」「鹿深」「畿央」「碧水(へきすい)」「南近江」「忍者」の6つがあがった。結局合併協議会で「甲賀」が選ばれた。この際に「こうが」か「こうか」かの投票も行われ、「こうか」に決まった。
・ 663年の白村江で敗れた日本・百済連合軍。その後百済からは近江国神埼郡に400人、蒲生郡に700人移り住んだ。
・ 愛知(えち)郡: 付近に住んでいた渡来人の依知秦(えちはたの)氏に由来する。
・ 滋賀県大津市伊香立途中町(とちゅうちょう):  平安時代に比良山系の葛川明王院で修行をしていた相応師匠が、自分の寺(無動寺)に帰る際に、「ここいらは、ちょうど葛川と無動寺との(途中)だな」と言ったことに由来する。
・ 滋賀県栗東市綣(へそ): 「綣」とは機織り機に装着する麻糸の糸のことで、この地が古くからの麻織物の産地だったことに由来する。
・ 世界山岳気象観測史上の積雪1位: 伊吹山の山頂で1927年2月14日に11.82mを記録。当時、山頂に記録計があったのかな?
・ 日本武尊、伊吹山の神に返り討ちにあったのか。
・ 琵琶湖西岸断層帯、柳ケ瀬・関ヶ原断層帯、頓宮断層帯などがあり、過去になんどか巨大地震がおきている。琵琶湖で津波の記録もあるそうだ。
・ げっ、今の福井県の南半分って、明治時代初頭には滋賀県だったのか。当時は滋賀県にも海があったわけだよな。
・ 滋賀県は日本で唯一、新聞の県紙がないのか。
・ 滋賀県内で一番乗降客数の多い駅は草津駅か。
・ 近江国出の会社: 西川産業、伊藤忠、丸紅、ヤンマー、高島屋。

■ 滋賀県の歴史

(1) 彦根藩井伊家): 家康の重臣(徳川四天王)井伊直正が藩祖。近江国犬上郡(彦根市)24万5000石。末裔は、最近では長きにわたり、彦根市長を務めた。

# 近江国: 中世において近江国陸奥国に次ぐ大国だった。この場合の大国とは人口が多かったという意味か?しかし、関ヶ原の戦いの後に人口の流出が目立ち、それは1960年代に名神高速道路が開通するまで続いた。
# 近江の守護: 近江の守護は鎌倉以来、宇多源氏の一族の佐々木氏が努めたが、承久の変(1221年)後、佐々木信綱が息子に継承させ、南部は六角氏、北部は京極氏が領した。
# 近江の主な武将
・ 浅井家の旧臣: 石田三成、藤堂高虎、片桐且元、大谷吉継、小堀遠州、脇坂安治。
・ 六角家の旧臣: 蒲生氏郷、朽木元綱。
・ 三井家も近江源氏の出。
・ 石田三成の佐和山城は、後に井伊家の彦根城へ。
# 滋賀県守山市矢島の少林寺に「一休」が、隣の荒見(あらみ)の聞光(もんこう)寺に「蓮如」がいた時期があった。
羽柴秀吉は、近江国今浜を長浜と変えた。

# 鎌倉時代後期に登場。麻布、萱、畳表などの近江地方の物産を全国に売り歩いた。
# 滋賀県民は新しい物好き
人口当たりの、携帯電話やパソコンの所有率も高く(2004年)、人口10万人あたりのデパートも3.67(2006年)と多い。

# 滋賀県甲賀市(旧:信楽町)には、奈良時代に紫香楽宮(しがらきのみや)があった。

# 近江国高島郡はデパートの高島屋の発祥の地。

# 滋賀県東浅井郡虎姫町の唐国という集落は山内一豊が初めて領した土地。

# 滋賀県の東近江市の旧八日市の南半分は仙台藩(伊達家)の領地だった。

■ その他

# 故郷の味: ふな寿司

# ひこにゃんの出身地は江戸
・ 江戸時代、現在の東京都世田谷区の世田谷市役所周辺は近江国の彦根藩の領地で、豪徳寺は井伊家の菩提寺。
・ あるとき、彦根藩主が豪徳寺で雨宿りしているときに、白い猫の導きで落雷から逃れたという伝承がもと。

# 琵琶湖の増水
意外にのどかに見える琵琶湖だが、古来より増水による水害に悩まされてきたようだ。たしかに排水路は事実上、瀬田川しかないからなぁ?琵琶湖疎水、旧南郷洗堰。
よく、近江人が山城人に、「ぐだぐだいうと、琵琶湖の水を止めるぞ」みたいな話があるが、止めたら困るのは近江人だってば。かりに、逢坂の関にダムでも作ったら近江国は水の底?
・ 昭和34年9月26日の伊勢湾台風では257mmの降雨により琵琶湖の水位が94cm上昇した。水が引くのに1カ月以上かかったそうだ。
・ 昭和36年6月の梅雨前線の影響で水位が108cm上昇し、周辺25市町村で4688haの冠水。
・ 逆流する水に乗じて「ワタカ(鯉科の魚)」が遡上し、冠水した田の苗を食い尽くした。
・ 水田の冠水を「田が込む(こむ)」と言い、冠水を「こみ」とも呼んだ。
・ 「ワタカ」は弱い魚で、友達同士で運動をしたりしたときに、すぐに息切れしてハーハー言う者を「お前はワタカか(笑)」と揶揄した。「ワタカ」、熟れ寿司の材料か。【自然災害と民俗 野本寛一 森話社】

■ Topics

# 150515: 滋賀県は本気で県名の変更を行うのか?【詳細
# 081031: 滋賀県内の9月の有効求人倍率は0.95倍。
# 081029: 彦根市: ふるさと納税者に彦根城博物館の無料パスポートを贈呈。

最終更新日 2017/10/14
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